頼られてこそ、

2011-11-17 (木)

未分類

「育休中」の身でありつつ、実は結構仕事をしている。いや、すべて無償であるからボランティア活動というべきか。職場からの問い合わせ・相談はもちろんだけど、意外に県庁の他部局、市町村、企業などから持ち込まれるいろいろな相談ごとに手間を取られている。おおっぴらには動けないものの(東京で打合せとかは無理 w)、電話やメールで応えられるものは応えるし、市内なら赤ん坊同席で出かけたりもしている。

 

もちろん、我がチームメイトに依頼できるものは依頼して「組織としての対応」を心がけてはいる。でも、実際には、ぼく個人をあてにして相談してくれている案件がほとんどなのだ。そうなると「育休なんですけどね…」という言い訳はしつつも、一定の対応をしなくてはいけない。

 

たとえば、元上司からは「来年、◯◯学会が開催されるのだが、いい講師を紹介して欲しい」というメールが来た。ええっ?その学会はうちと全然関係ないし、そもそもなぜぼくが講師の斡旋?…とも思いつつ、ぼくに聞いてきたということは「宮崎の魅力を語れる人」がいいのだろうと勝手に解釈し、また、その学会の成り立ちや、過去の講師陣の顔触れ等も参考にしつつ、話がとても上手な「固め〜柔らかめ」の候補者5人をピックアップし、簡単な履歴や連作先をまとめて返信しておいた。

 

また、東京の某企業からは「全国の自治体が参加する大規模なカンファレンスを予定している。テーマは◯◯でいいか」という相談があった。このカンファレンスに実際に参加した経験を踏まえ、ぼくからは「そのような事例報告的なテーマを取り上げる時期は過ぎたのではないか。御社と自治体とのコラボを具体的に考える企画会議にしたらどうか。全員が自分のこととして”参加”するのではないか」と提案した。

 

営業、あるいは広報系の仕事をしているなら、「頼られる」ということはチャンスである。信頼を得ている証拠だ。ならばその期待に応えないわけにはいかない。若干、「これは他部局の仕事かな」とか「休暇中にココまでやるかな」と悩ましいときもあるけど、明らかに「否」でない場合は、「やって後悔」すべき。

 

ああしかし。それでもこのボランティア活動やっちゃうと頭が「主夫モード」に戻りにくいのよね。メールへの返信をしこしこ書いていて娘1号を迎えに行くのを忘れたりとか(先日は1時間待たせてしまった)、相談の電話で話し込んでいるうちに、鍋を焦がしてしまったりとか(火災警報器も鳴った)、娘2号を隣のパイプ椅子に座らせたまま打合せしてたら、バランスを崩してコンクリの床に倒れたりとか(眉間に青タンが…)。ああ全然頭の切り替えができない。

 

それでも「頼られてこそ」、の自分であり、営業マンであり、プロデューサーである。残された期間もできるだけのことはしていかなければ。…って書いてから気がついた。うちの子どもらからも、たぶん、頼られてるんだった。あはー。父ちゃんもがんばれ。

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由紀さおり

2011-11-16 (æ°´)

音楽

なんだか由紀さおりが世界各地で売れているらしい。米国iTunesのジャズ部門では1位を取ったとか。

今回話題になっているのはアルバム「1969」。アメリカのジャズバンド「ピンク・マルティーニ」との連名、というニュース性だけで取り寄せてはみたものの、なんとなく阿川泰子やマリーン(古い!)的なものを想像していた。あるいはakikoとか。しかし、その予想は完全に裏切られて、もう全然「歌謡ポップス」なんであった。それも超〜とびきり上質な。もう、ここ2週間あまり、どっぷり聴き込んでいる。

 

由紀さおりって、安田姉妹としての童謡ハモリングか、ベタなコメディエンヌのイメージしかなかったけれど、その歌声のあまりに艶っぽいことにビックリした。ぼくの知っている由紀さおりでは全然ない。鼻歌でも歌っているように、軽やかにさらーっと歌っているようでいて、瑞々しかったり生々しかったり官能的だったり、その表現力の幅と深さが半端ない。聴けば聴くほど「歌」の巧さに唸るしかなくなる。全編「歌謡」なアレンジで由紀さおりのボーカルを際立たせるピンク・マルティーニの演奏も見事だ。

 

たとえば、今、なにかと犬がらみなこと?に囲まれている自分には、人と動物(というか竜)の切ない愛情を歌った「パフ」などは、たまらなく沁みてくる。沁みるというか、胸がきゅんきゅんする。歌そのもので、これほど直截的に感情を揺さぶられたことは最近なかった気がする(「太陽のメロディー」はちょっと意味が違うし)。

 

歌が巧いというと、ついつい「あのかーねーうおうおうお〜、ぬあらすのは〜あぬあたああ@和田アキコ」的な歌い上げるものを連想しがちだが、この繊細な表現力こそが歌の巧さであるよ。由紀さおりの巧さはワールドクラスではないか。もう全然歌謡曲は世界で勝てる、って思う。

 

…って、なんでこんなに熱く語っているのか自分。明日も朝が早い。寝ろ。

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Runと銭湯とてげうまと

2011-11-14 (月)

主夫生活 身体 食・食材

今日は家人に家事、育児の一切を任せて、リフレッシュした。

 

朝は友人女子らと一緒にマラソンのトレーニングへ。ホントは某女子部の練習会なのだけれど、” 主夫 ”ということでお誘いいただいた。とはいえマラソンシーズン真っ只中だというのに、全員が練習不足な状態 w。もう、ホントにゆっくり、のんびり、休み休みで20kmのラン。宮崎市役所から河川敷を走り、平和台大橋経由で生目台運動公園。公園内の周遊コースを2周して、また宮崎市役所へ戻るコース。某姐さんと、家庭のことやら仕事のことやらを喋りっぱなしでの20kmになった。トレーニングというより飲み会な気分。終わってみても、全然足も痛くないし、疲労感もないほどだった。←やっぱりトレーニングになってない。

 

そのあと「極楽湯」へ移動し汗を流す。まだこの時点でお昼だった。昼間っからサウナに入って、露天風呂入って、さらにぬるめの湯船でウトウトしたりもして。風呂上りにソフトクリームを舐めるのも鉄板。

 

さらに、高千穂通へ移動して「てげうま国際夜市」の最終日を堪能。合計4回通って、海外から出店した屋台は全制覇。家族の分も含めると、トータルで15,000てげ(1てげ=1円)ぐらい使った。いいお客さんじゃないか w

 

それにしてもこの「てげうま」。近年稀にみるいい企画だ。これまで宮崎市街地でのイベントといえば、会場は橘通と決まっていた。しかしながら、一番重要な幹線なので封鎖すると県民の足への影響力も大きく、なかなか県警がうんと言わないし、規制も多い。そこで高千穂通なら幹線ではあるけれど「迂回路がいっぱいある」という点に気がついたところが担当者の勝利。開催10日間のうち、土日の4日間も終日「歩行者天国」にするという大きな企画に育てることができた。裏でいろんな苦労があったとも聞くけれど(一番利益のある某企業が非協力的だったとか…)、何より参加した人たちがニコニコと楽しんでいるのが感動的だったな。ああ、こんなに開放的で心地よい空間だったんだなあ>高千穂通。

 

今回は、定期航路のある台湾、韓国の屋台に加え、ドイツ屋台が出店したことも意義が大きい。「アジア夜市」でなく「国際夜市」になった。このドイツ屋台が、専門店として店舗展開になったことも今後の可能性へ大きく繋がったと思う。ぜひ、この「てげうま」は、より国際色豊かな「夜市」として発展し、たとえば大陸ごとに「アジアゾーン」「ヨーロッパゾーン」「アメリカゾーン」というぐらいのバリエーションが出てくると、県外からも多くのお客さんを呼べるだろう。隣接の百貨店なども海外物産展をやれば、相乗効果も高まる。宮崎はB級グルメではなく、国際夜市で勝負だッ。

 

…のようなワークショップ的なことを語りながら、木漏れ日のなか、としても幸せな気分でワクワクと楽しく飲んだのだった(KIRIN FREEを)。また来年!

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ノンフィクションガイド「HONZ」は相当面白い

2011-11-10 (木)

読書

ノンフィクションの書籍のみを書評するサイト「HONZ」が、相当面白い。

 

好きな時間に好きなだけ本を読むことができたのは独身時代までだった。共同生活者との暮らしの中では、与えられた役割というものが厳然としてあり、それをクリアして初めて「自分の時間」というものが生まれる。そしてその限られた「自分の時間」というのは、キレギレであり、どっぷりハマって読むというような「まとまった時間」はなかなか取れないものだ。

 

とすれば、たまに得ることができる至福の読書タイムには、確実に至福に至らせてくれる本が必要であり、いわゆるハズレない本、鉄板本をチョイスすることが極めて重要になってくる。選択のための情報源としては、例えばそれが “小説” というジャンルであれば、山本周五郎賞の受賞作品だとか、本屋大賞だとか、このミステリーがすごいだとか、いろいろなチャンネルがある。もちろん、元々好きな作家の新作という選択もアリだ。しかしながら、”ノンフィクション”のジャンルは、鉄板と言えるような情報源が少なく、また作家に惚れるというケースも少ないため、ついつい傑作、名作を見逃してしまいがちだ。

 

そんなぼく的なスキマゾーンに「HONZ」はスポンとはまり込んだ。ノンフィクションのジャンルがさらに細分化され、最新作から過去の名作まで拾っていく姿勢が素晴らしい。また、さすがノンフィクションの読み手たちだけあって、書評の文章自体に面白さがあったりする。たとえば最新記事である「ポルノ雑誌の昭和史」の書評はどうだ。これだけで、ちょっとしたバカエッセイ(もちろん褒め言葉)として成立している。ついつい書評を読み込んでしまい、本を読む時間がなくなるほどだ(本末転倒)。

 

とりあえず、今日は次の3冊をAmazonへ発注(あれ?貧乏生活なんじゃ?)。
「日本のデザインー美意識がつくる未来/原研哉」

「恥さらし 北海道警 悪徳刑事の告白/稲葉圭昭」

「アラン・デュカスのナチュールレシピ」

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おつかれさんの3GS

2011-11-10 (木)

未分類

やっとiPhone4Sが届いた。まだデータを移行しただけで、「写真がきれい!」という以外の進化を実感できてないけどこれから徐々に。

 

一方で、2年半酷使してきた先代のiPhone3GSはお役御免に。携帯と違って、使える機能もまだまだあるので(主に子どもが遊ぶゲーム機か  w)、完全リタイアではないけれど、とりあえず「おつかれさん」である。

 

で、久しぶりにカバーを外してみたら、あらら、せっかくのサインがカバーの方に「移動」してしまっている…。これは2年ほどの前の某イベントでご一緒した料理研究家のケンタロウさんとSHIORIさんに書いてもらったもの。使用後は額にでも入れて飾ろうと思っていたのに…。残念〜。随分汚れたけどカバーごと保管するか。

 

新しい4Sも、いつか誰かにサインして貰おうと思ってホワイトをチョイスした。誰に書いて貰うかなあ。近々会えるハズのあの人とかかなー。

 

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お金の話

2011-11-09 (æ°´)

友人知人

もう随分と長い付き合いになる某から、突然「お金を貸して欲しい」という電話があった。浮き沈みの激しい業界でなんとか頑張っている某なのだが、その声にいつものような張りはなく、ジリジリとした切迫感だけがあった。これまでも厳しい時期は何度もあったやに聞いてはいたが、ロクに金を持っているハズもないぼくに、そんな話をしてきたこと自体、事態は相当深刻で、プライドも何もない状況なんだろう。どうやら体調も壊しているらしく、思わず某の家族の顔も思い浮かんでしまう。

 

言われた金額は、ぼくにとって決して少なくないものだった。ましてや、現在、無給生活で、わずかばかりの貯金を食い潰している身としては痛いどころの騒ぎではない。しかもそれは「返ってこないお金」なのだ。たぶん。

 

でもぼくは「貸すよ」と言ってしまった。情に厚いのか、単なるええカッコしいなのか、自分ではよくわからない。ただそのとき考えていたのは、実は某のことではなかった。ぼくの友人、知人たちすべてのことだった。言葉少なに感謝の言葉を述べる某の声を遠くに聞きながら、ある種の「願掛け費用」を払うような気分になっていた。

 

「どうか神様。もう誰もお金のことでぼくのもとを去っていきませんように。」

 

まあ、かくいう自分も「あればあっただけ使っちゃうタチ」ではあるからな。気を付けないとな。そして、もう貸したくても貸せない状況なので誰も申し込みに来ないように(涙)。いやそもそも貸したかないけどね。さあ、しばらくは貧乏だぞ。

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みんな頑張ってる

2011-11-08 (火)

主夫生活 友人知人 家族家事家 聴覚・難聴

朝、娘1号を学校に送り届けてから帰宅。洗濯物を干して、掃除機をかける(この季節、ダニが増える時期なのでできるだけコマメに)。そうこうしていると某生保に転職した友人Sが営業 兼 雑談にやってきた。

 

Sは、10歳くらい年下なのだが、転職1年で踏ん張りどころの真っ最中。契約者を一定数まで確保すると、あとは紹介が紹介を生んでうまく回っていくらしいのだが、まだその2割程度という段階。だから土日もなく頑張っている段階。途中からぼくの保険契約の話はさておいて(つか、契約するって一言も言ってないし w)、家族との時間の捻出方法などについてお悩み相談会となった。

 

彼なりに「家族の行事を優先的にスケジュールに組み込むように」努力しているとのこと。でも、それじゃあイベント感が拭えないよね。家族と「遊ぶ」ことだけがスケジュールに入ってくる。それより「毎朝、家族全員でご飯を食べる」とかの方が大事かもしんない。たまにたっぷり話すより、毎日少しずつ話した方がいい。たぶんね。…てな話をする。

 

●

 

娘1号は、ピアノと打楽器と水泳を習っている。打楽器と水泳は、物理的に自宅練習ができない分、ピアノだけは毎日練習している。もちろんサボっちゃう日もなくはないけど、本人に頑張る気があるから、ちゃんと続けられている。偉い偉い。

 

対する息子はというと、サッカーと水泳に通っているのだけれど、ただ週に1度の練習会に参加するだけ。サッカーなんてボールさえあればどこでも練習できるのに、家ではボールに触りもしない。そんなことだから、サッカー大好き〜とか言いながら、いまだにリフティングが5回もできないんだよ。もー。

 

まあそれでもぼくは「身体動かして楽しいんだったらいいんじゃね?」と思っているのではあるけれど、娘1号が毎日頑張っているのと比べると、どうにも努力感が足りないのは否めない。たらたら漫画ばっかり読んでんじゃねー的な気持ちもないではない。だからと言って、好きじゃないことはどうせ続かないしな〜。…という話を直接本人にしたところ、しばらく考えた後「料理を覚えたいんだよね」と言い出した。おお。父の背中から何かを感じたか w

 

そもそも3歳のときにマイ包丁を買ってもらってるから、ごはん+味噌汁+キュウリの塩揉みぐらいなら今でも作れる男ではある。なので、さっそく昨日から「毎日1品」を目標に、夕食づくりへの挑戦が始まった。まあ、担当は「副菜」なので「切って炒めるだけ」「ゆでてあえるだけ」的なものばかりだけれど、ぼくもそこから始めたからね。続ける事が大事だ。

 

●

 

今日は職場から問い合わせ、相談、報告などが多数あった。うちのチームは、今週末から来週にかけて、イベントだったり、ミッションだったりが重なっているのだ。スラッフは連日遅くまで残業している様子。苦労をかけるなあと思いつつ、でも指摘することは指摘しないとなとも思いつつ…。

 

結局、仕事なんてものは、担当者の情熱と能力によって、出せる結果は全然違うものになる。それは法に則って仕事をしている公務員だって同じ事だ。情熱と能力のある担当者は、時に法律を越えることができる(違法行為という意味でなく)。ましてやうちのチームのように、依るべき法律が何もない部署は、担当者が粘れば粘っただけ、物事が前進する。1mmの粘りが1mmの前進を生むのだ。絶対的な正解はない仕事だけれど、担当が世界中の誰よりもそのものごとについて突き詰めて辿り着いた「答え」はたぶん正しい。

 

●

 

ああ、みんな頑張ってるよなあと1日を振り返りつつ、夕食の準備を終えてからぼくも手話講座へ。4月から始めた手話講座も、最近はどんどん高度化していて付いて行くのが精一杯になってきた。微妙な部分での表現の大きな違いに頭が混乱する。時間は身体の前後で区分する(自分より前の方が未来、後ろが過去)のだけれど、期間を説明するときは身体の右左を使う…とか。顔の横で手をひらひらさせると「なかなか」、もう少し上下に幅を持たせてひらひらすると「火(めらめら)」…とか。うーん、自分が表現するのも、手話を読み取るのも難しいなあ…。

 

いやまて。そもそも息子には「週に1度の練習会だけじゃあねえ〜」とか言ってるくせに、自分はまさに講座でしか勉強してないじゃないか。そりゃ前の週に習った事もどんどん忘れているよね。だから微妙な差に混乱するよね。

 

みんな頑張っている。自分も頑張れ。

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俗世間から遠い国

2011-11-07 (月)

主夫生活 家族家事家 読書 食・食材

先日、久々に行った本屋で雑誌を大人買いしてしまった。あまりにもハートを強くノックする特集ものばかりだったので。

 
「Pen /一冊まるごと森本千絵」
「プレジデント別冊/禅的シンプルライフ」
「クロワッサン特別編集/やる気にさせる家事のコツ」
「男のクロワッサン/男の台所術」

 
1冊目以外は、見事に「主夫的視点」のものだな。ますます俗世間から遠いところに来ている。森本千絵特集も、単に彼女の大ファンというだけだし、相当仕事を忘れてきているかも…。連日深夜まで残業しているうちのチームのみんな、すまん。私を探さないでください。

 

パラパラ眺めたところで、気になった記事がふたつ。

 

ひとつは「禅的シンプルライフ」のなかの「断捨離」入門。ベストセラーの著者がヨガの行法哲学からあみ出した片付け術を、著者の自宅の様子も見せつつ(ホントにシンプル!)、その概要が説明されている。面白いのは、この “片付け術” が「禅」の巻頭特集であり、後段のさまざまな「禅」の世界へと見事に誘導してくれることだ。人と同じように、家にも新陳代謝が必要…という一文には膝を打った。

 

今日はたまたま娘2号の慣らし保育日ということもあって、彼女が不在の午前中、さっそく「服の断捨離」をやってみた(若干コンマリ流も交えつつ)。ぼくは元々それほど服持ちではないが、約2時間で、40ℓのビニール袋3つ分を「断捨離」することができた。うーん、スッキリ。ぼくはもう新しい地平に立っている(単純)。

 

 

もうひとつは「やる気にさせる家事のコツ」のなかの辰巳芳子流「合理的家事」。辰巳芳子といえば、いや、辰巳先生といえば、なく子も黙る料理研究家の大御所である。その先生が記者を教え諭すところが実に面白く、また耳に痛い。たとえばこんなやり取り。

 

「ただね、あなたたち、生活だ家事だって簡単に口にするけど、生活の向こうの人生を忘れてはなりませんよ。あなた、生活とはなんだと思いますか」

…自分が生きやすく暮らすこと、でしょうか。

「その程度の言葉の力じゃ人は納得しません」

教えてください。

「またすぐ聞く。私を憎らしいと思ったら、考えて考えて考えて、そのくらい対峙しなければ。家事はね、生活の目標を支えるものだけれど、人生の目的を支えているのも家事なんです…(略)」

 

深いです、先生。

 

とはいえ、先生がおっしゃるように「ゆとりをつくるための工夫をする」「独創的にさぼる」ためには、相当な基礎的技術が必要なわけで、ちんたらワイン飲みながらペラペラと雑誌を眺めている自分には無理っス。ハードル高いっス。まあ、先生が推奨する展開料理ができるようになったら、鬼に金棒、弁慶になぎなた、都農ワインにサニールージュだ。いやこの新作ワイン、旨いよ。飲み過ぎ警報。

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八日目の蝉とfacebookと

2011-11-05 (土)

家族家事家 映画TVラジオ

やっと映画版「八日目の蝉」を見た。DVDで。★★★★★。

 

角田光代原作のこの物語はもちろんフィクションであって、架空のお話。そうとわかっていても、この主人公(永作の方)には感情移入せずにはおれない。母性というのは実に「後天的」なものであるということだ。自分が今、子育て真っ最中であるから余計に実感する。産んだから母になれるのではない。時間をたくさん共有して、少しずつ母になっていくのだ。もちろん、父も。原作も読むかな。

 

*

 

今日は夕方の早い時間から「てげうま国際夜市」に出かけた。まだ雨がぱらついている時間帯だったので大して行列に並ぶこともなく、テーブル席を確保して、ゆったりと国際屋台を堪能することができた。特にバウジンガー醸造所のジャーマンスタイルホットドッグは予想以上。ソーセージの風味が素晴らしい。いいイベントだなあ。期間中、もう数回行こう。

 

…と、夜市からの帰りしなiPhoneでfacebookを開いてみると、いろんな人達がこの夜市を楽しんでいた。食べ物を食いまくっている人もいれば、コンサートを楽しでいる人もいるし、ビールとカクテルでへべれけになっている人も…(ぼくです)。ぐるぐると酔っているせいもあってか、このハッピーな気分の人たちを眺めているだけで、よりハッピーな気分になれた。やたらiPhoneの電池消耗が激しいのでちょっとテンションが下がり気味がったfacebookだけれど、これ、やっぱいいね。

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勝利の時間

2011-11-03 (木)

主夫生活

娘2号の相手に追われる毎日のなかで、「ふと」した瞬間に自分の時間ができることがある。娘2号がたっぷり昼寝をしてくれて家事も一段落ついたとき。娘2号を寝かしつけながら、迫り来る睡魔に負けなかったとき。前者は長くても1時間ぐらいだからメールやfacebookのチェックで終わってしまうけれど、後者の場合、2〜3時間のまとまった時間ができるから、一人静かにガッツポーズをしちゃうぐらい嬉しい。今がまさにそんな時間。

 

寝なきゃいいだけなんだけどな。毎日そう思いつつ、寝付きの悪い娘2号を眠らせるには、ぼくが「寝たフリ」をしなくてはならないのが大きな障害となっている。ぼくの目が開いていると、遊んでもらえると勘違いして、なかなか寝るモードになってくれない。つか全然寝ない。なのにぼくが目を閉じてじっとしていると、徐々に寝るモードになって、ある瞬間に「ことっ」と寝てくれる。

 

でも、この10数分がなかなか待てないのだ。ぼくは元来、寝付きが良くて寝起きが悪い。目を閉じれば1分で眠れてしまうたち。逆に目を閉じたままで寝ないという技術はもってない。むむむ。なので、目を閉め切らないようにそうっと薄目を開けて、2号の様子を静かに観察しつつ、「ぼくは眠くならない眠くならないほーら全然眠くならない」「羊が100匹、羊が99匹、羊が98匹…」といった「眠れない呪文」を唱えて必死で耐える。5回に1回ぐらいは、なんとか睡魔に勝つ。

そんな貴重なフリータイムの今、何をしているのかというと、やっぱりメールのチェックと、facebookと、twitterと…。ははん。

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海森堂rss

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