ジンギスカン!

2011-05-31 (火)

家族家事家

日曜日に台風に見舞われた娘1号の運動会が、今日開催された。
朝出勤時(7:50頃)に場所取りに行ったら全然空いてた。まあ、平日だからなあ。家人とWジジババに観戦を依頼して、ぼくも普通に出勤したもの。
しかしなんと行っても職場と娘1号の学校は徒歩3分の距離なのだ。音楽だって聞こえてくる。せめて一生懸命に練習していたダンスぐらいは見てあげなくては。…ということで、20分だけオイトマしてピンポイントで覗いてきた(年休処理)。
入場の曲はKARA「ミスター」。おお。さすが今どきの選曲じゃないか。キラキラのボンボンを両手にきれいに隊列を組んで入ってきた。そしていよいよダンスの曲へ。そこで流れてきたのはまさかまさかの…
♪ ジンギスカン
い、いつの時代だよ。
♪ じん、じん、じんぎすかん!
♪ ヘイ!ブラジャー、ほお?ブラジャー、ヘイ!ブラジャー、いんまやないか!
♪ じん、じん、じんぎすかん!
♪ おソープで、ソープで、ロープで、いんまやないか
♪ おぽぽぽ ほれ! わははは!
♪ てげすっぽんぽんで わははは!
♪ ウンでトイレ済んで脱いでヌー!
…なんかそんなバカな歌。
けなげに踊る娘1号との対比がシュール。

[memo]

・悶々と予想質疑作成。イオン案件をそろそろスタート。
・途中20分だけ職場を抜けてハナの運動会へ。
・タニタの体重計が届いた。

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夏休みの計画

2011-05-30 (月)

家族家事家

気がつけばもうすぐ6月。

今年はとても慌ただしい夏になることが見えているので(公私ともに)、早め早めの夏休み計画である。ホントは海外行きたい。アメリカやヨーロッパという贅沢はいわない。ベトナムでも韓国でも台湾でもいい(アジアのご飯は旨いし!)。しかし我が家には0ちゃい児がいるのである。もうね、遠くは無理。飛行機に2時間以上は無理。そんなに無理を重ねて行ってもたぶん楽しくない(旅先でベビーシッターを雇える余裕があるなら別だが…)。
そんなこんなで、今年のテーマは「超〜子ども中心主義」な夏休み。どうせ0ちゃい児がいて行動が制限されるのだから、親の楽しみや価値観はさておいて、とことん子どもを楽しませてしまおうってことだ。そう割り切ると親も案外楽しかったりする。
方向性はリゾート系(海とか山とか川とか)か、レジャー系(遊園地)があるとして、前者はいつでも行ける感があって面白味に欠ける。だって、車で10分圏内に海も山も川もあるんだもの。普段の生活がリゾートみたいなもんだもの。みつを。なので、遊園地攻めな方向で。
結局、2泊3日の行程に「ディズニーランド」「ディズニーシー」「キッザニア」を入れ込むスーパー盛りだくさん企画に仕立ててみた。うひゃー、これは喜ぶわな。そして「ここぞのマイレージ」を一気に吐き出し、予算的にも、食費含めて10万円ちょいという超リーズナブルに抑えた。ま、どうせお土産とかでバーストしちゃうんだけれども。
さあ、問題は夏休みまでに仕事が終るか、だ。
[memo]
・予想質疑、AP調整、企業一覧。

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だらっとしたった

2011-05-29 (日)

余談

台風襲来!…ということだったので、早朝から雨戸を出して準備万端整えた。どうせ外出もままならないんだから、漫画読んだり、昼寝したり、子どもとジャレたりして、だらりんこと過ごすつもりでいた。
そしたら微妙にコースが変わってしまったようなのだ。昼前ぐらいから風も雨も止み、昼過ぎには青空も見えてきた。あらら。東京から来ていて慌てて帰京したスタッフもいたというのに…。なんだか拍子抜けもいいところだ(もちろん、台風は来ないにこしたことはない)。
とはいえ、一度「だらっとする」と決めた気持ちはそう簡単には揺るがない私だ。「今日こそ気合いを入れて仕事する」という決意は簡単に崩れるのにな。不思議だ。
結局、心地よい初夏の風を浴び、ワンピースを読んでうたた寝する至福の休日なのであった。

[memo]

・ワンピース32-34、君に届け4-6。
・TSUTAYA、desaki(額)、softbank。
・土佐の赤牛のビーフチャーハン、甘い人参、ズッキーニ、ポテト、スイートコーン、マグロのタルタルサラダ。

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休日返上

2011-05-28 (土)

仕事

あるミッションで休日返上。
宮崎市〜日南エリアをウロウロ。
雨でびっしょりぐっしょり。
いろいろ自分の至らなさを知る。

[memo]

・8:00出勤。シナリオを読む。
・ホテル>大塚近辺>大淀川>動物園>棚田>飫肥>南郷>田野>宮崎。
・ランチ「ながやま」。夜「ホルモンきさっころ」。

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こんな風に始めることもある

2011-05-27 (金)

仕事

大きなプロジェクト。こんなにも「すっ」と始まるのだなあ。さて、どう絡むか。

[memo]

・某氏のご執心にうんざりげんなり。企画が遅々として進まず…。
・居酒屋「もも鉄」。初めまして。

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まっさらな机の上

2011-05-26 (木)

Mac、iPhone 余談

モノを捨てられない性分な上に、面倒くさがり屋とくれば、ついつい机回りは汚くなってしまいがちな毎日である。とにかく紙や書類がやたらに積み重なってしまう。
それは仕事でも家庭でもそう。出張先でふと手にとったパンフレット。ショップカード。ポイントカード。そんな小さな紙片にはじまり、仕事で書いたり受け取ったりする山のような書類。ついつい買いこんでしまう雑誌、文庫本、単行本。
あー。やだやだ。ホントはキレイ好きの整理好きなのだ。いつも「面倒くささ」に負けているだけで徹底的に片づけられた本棚や机の上はとても気持ちいい。
…そんなことを思っていた折、面白い話を聞いた。自分の年齢を3で割った数字が「人生の時間」なのだという。ぼくは今年45歳になる。3で割ると15。つまり、「人生の時間で午後3時」なわけだ。まあ、人生を72歳と決めつけてたり、18歳でようやく夜が明けるというようないくぶんムリクリな印象もあるものの、イメージはわかるよな。
ふむ。もう午後3時か。おお。もうすぐ夕方でないか。いつまでもこんなゴチャゴチャした環境で暮らすのはヤだなあ。いらないものはいらないのだから。夜は、心静かにシンプルに過ごしたいじゃないか。
一度、そんな風に思い始めたら、完全に整理整頓モードに突入した。とにもかくにも、この目の前にある紙を、ぜーんぶ取っ払いたくてしょうがない。捨てれるものは捨て、捨てれないものも、ぜーんぶMacに放り込んで、目の前をまっさらにしたい。
ああ。時代は省エネルギー、アナログ回帰なのに、天の邪鬼め。snapscan欲しい。
mac.jpg

[memo]

・Z課と「チーム宮崎」案件で打合せ。めんどいことになったなあ。2ヶ月後の復興支援策、どうしたものか。畜産とAPアポの件で打合せ。常任委員会。連携プロジェクトの資料。
・夏休みのプランニング。

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表情、という表現

2011-05-24 (火)

家族家事家 聴覚・難聴

手話講座第6回目に出席。今日は数について。
まずは数字の表し方を学ぶ。
1,2,3,4,5,6,7,8,9.
10,20,30,40,50,60,70,80,90。
100,200,300,400,500,600,700,800,900。
1000,2000,3000,4000,5000,6000,7000,8000,9000。
10000,20000,30000,40000,50000,60000,70000,80000,90000。
100000000。
1000000000000。
それから、単位の表し方。
年、月、日(日は月とセットで表現)。
明治、大正、昭和、平成。
円。
年齢。
たったこれだけを学ぶのにたっぷり1時間かかった。それでも脳味噌は容量オーバー気味。ろう者が普通のペースで話す自己紹介文「私は○年○月○日生まれの○才です。」がパッと読み取れない。ふぅ。がんばんなきゃね。
ところで今回の後半1時間では「ろうとは何か」についての講演があった。手話通訳者、ろう者がそれぞれ自分の考え方などを語ってくれた。単に「手話」という「手段」を学ぶだけでなく、その「目的」についても時々立ち返ることは大事だな。「文字」のように「読む」「書く」という一方通行でも成立する言語と違い、「手話」は使ってナンボなのだ。難聴者とのコミュニケーションツールとして使わなくては学ぶ意味がない。
そういえば、先週末、県外から来ていたろう者に、たまたま道を聞かれたことがあった。ぼくはまだ手話を使っての会話はできない(せいぜいあいさつぐらいだ)。それでも、ろう者に対する「抵抗感のなさ」もあって、手に持った地図を媒介として身振り手振りで、以下のコミュニケーションを取ることができた。
「すいません。道に迷ってしまいました。」
「どこに行きたいの?」
「(手にもった球技大会の資料を指差して)市立体育館。」
「この変にはふたつ体育館があったな(県立と市立)。どっちがどっちだっけ?」
「ここに地図がある。」
「ああそうかそうか。南側にあるのが市立体育館だ。」
「ではあっちに行けばいいのか。」
「そうそう。あなたは何の競技にでるの?」
「バレーボール。」
「競技前なのに汗だくだよ。」
「宮崎は暑いよ。それに迷ってウロウロしたらからいっぱい汗かいた。」
「開会式には間に合いそう?」
「あと1時間ぐらいある。」
「じゃあ大丈夫だね。」
「教えてくれてありがとう。」
「どういたしまして。頑張ってね。」
手話ビギナーのぼくとろう者で、これだけのコミュニケーションができたのは、身振り手振りに加えて、二人の間に「表情」があったからだと思う。手話で大事なのは「表情」だと言われる。文字や音声であれば、細やかな言葉の組み合わせで表現する部分を、手話では「表情」で補うのだ。たとえば「できる」という手話ひとつから、表情によって「できた!」「できる?」「大丈夫!」といった表現に広げていくことが可能なのだ。
なんてなことを思い出しつつ、ふと「顔文字」のことに思いが至った。若い世代は、メールに多様な顔文字を使っている。これは文章力がなくて、言葉だけで細かいニュアンスを伝えられないからだ、と言われたりもする。しかし「表情によって伝えられる情報量の豊富さ」を考えると、「より正確なコミュニケーション」を行う上で、顔文字というのは大事なツールなのかもしれないなあと思った。
うむ。試しに顔文字もじゃんじゃん使ってみるか d(ï¿£ ï¿£)  ←微妙にニュアンスが違う気がする…
[memo]
・しんぼるプロジェクトの検討案、AP訪問案件の情報提供、旬ナビ企画コンペ打合せ、日経新聞営業、営業チーム検討会(第1回打合せ)、包括協定打合せ。
・手話講座。
・「GANTZ」26-29。

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離婚

2011-05-23 (月)

NEWS 余談

さきほどyahoo topicsに「三谷幸喜と小林聡美夫妻が離婚」というニュースがあがっていた。ネタ元はサンスポ。

脚本家で俳優の三谷幸喜氏(49)と妻で女優の小林聡美(45)が23日、離婚したことを連名のファクスで報告した。離婚については「はっきりした理由があるわけではありません」とし、「考え方や価値観の小さな違いが積み重なり、それがだんだん大きくなってしまった」とした。また、ファクスでは「お互いへの尊敬を持ち続け、それぞれが自分らしく生きてゆくため」の決定としている。
うーん。これだけ読むと意味不明。別に別れなくていいじゃん、と思う。夫婦ともにファンだからいささかショックでもある。ぼくは、朝日新聞に連載している三谷幸喜のエッセイが好きで(つか、このエッセイといしいひさいちのマンガの為に嫌いな朝日を購読しているぐらいなのだが)、時折登場する小林聡美にも「ああ、そんなことを言いそうだ w」と勝手に楽しい妄想をしてた。まさに理想の夫婦、なイメージだった。
まあ、ぼくも「夫婦」というものを12年ほどやっているが、時間を積み重ねるとなんとか分かり合える部分と、どんなに努力しても一生分かり合えない部分とがあって、その共感と諦観との擦り合わせが大事なんだろうと思っている。
三谷夫婦も、とっくにそういう擦り合わせは終えていたんではなかったか。今さら「考え方や価値観の小さな違いが積み重な」っていくものなんだろうか。もちろん、表向きの理由がそうなんであって、実際の理由なんて夫婦にしかわからんもんなのだが。
そういえば、最近、小林聡美出演のものにピンとくるものがない(映画にしろCMにしろ)っつーのも何かの要因だったりするのかなあ。
[memo]
・チームミーティング。上半期のスケジュールなど。「Jaja」基本コンセプト打ち合わせ。キャッチコピー・キャラクターの整理。難しいなあ。

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やりっぱなしにならないように…

2011-05-12 (木)

未分類

仕事柄、いろんなプロジェクトに首を突っ込んでいる。
県庁内の関係部局、県内自治体・団体、そして民間企業のものなど。数えたわけではないが、企画のタネ段階のものまで含めると、ざっくり30〜40ぐらいはあるんじゃないかと思う。いや、もっとか。
自分がプロデューサー的な立場の案件は、当然、進行状況を管理している。これがアドバイザー的な立ち位置の案件だと、ついつい放置してしまいがちだ。担当者から途中経過の報告がないとすっかり忘れてしまったりもする。
今日も飲み会の席で、いつの間にか某案件が3つぐらいに増殖していると知ってビックリした(増えただけで中身が詰まっていないのが困りどころ)。別の案件では担当者から「あれどうなりました?」と聞かれた(お前が知らなきゃぼくが知るわけないやん!)。ぬー。
農・畜・林・水産物、加工食品、酒類、観光・交通、木材などなど、県外プロモーションのジャンルは広いし、関係者も多い。何が企画として成長し、何がボツとなり、どこが課題で、どういう解決をみたか。日々の浮き沈み?を記録し、今後の資料となるようなデータベースをつくらなくてはならないと思っている。思ってはいるんだがなあ…。

[memo]

・日程ビッチリだなあ。I社との打合せ(包括協定、Wカードの件)。県外事務所との打合せ会。福岡。東京。補正予算知事説明。合間にフェイスマスクの件を内部で。
・懇親会。「木綿屋」。2次会へは行かず。

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ゆるキャラってなあ…

2011-05-11 (æ°´)

デザイン 仕事

ここのところ、県のキャラクター、いわゆる「ゆるキャラ」に思いを巡らせている。
宮崎県にはコレ、というキャラクターがいない。なにせ宮崎県といえば、まずは「東国原知事」という時代が4年間あったのだ(ひょっとしたら、今でも一番かもしれない…)。どんなにかわいい「ゆるキャラ」でも、笑いの取れる知事の前ではすっかり影を潜めてしまっていた。
言いかえれば、ぼくら営業マンは、常に「東国原」というバッジを胸につけて活動していたようなものだ。「ああ、宮崎県ですか。どうですか最近、知事は?」という会話でどれほど「場」の空気が和み、どれほど多くの商談がスムーズに進んだことか(何もないよりは)。実際、多くの商品やチラシやポスターに東国原知事のイラストが描かれ、宮崎県の「ゆるキャラ」的な活躍もしていた。
さて、そんなバッジがなくなった今、ぼくらの何を胸に付けているのだろう。口蹄疫?鳥インフルエンザ?新燃岳?…。そういうネガでなく、何か前に向かっていく新しいポジな「バッジ」が欲しい。営業マンみんなが勇気づけられる何かが。
…と思って、とりあえず県内の「ゆるキャラ」事情について現状分析を始めてみたら、あるはあるは「ゆるゆる」なキャラクターがどっちゃりとあった。自治体のみならず、企業のものや商品キャラも含めて、把握できただけでも50ほどが「現役」である。チームのものは1でカウントしているので、人数にカウントしたら100を越えそうなイキオイだ。ぬわー。多いわあ。
これまでは「新しいキャラをつくるより、既にあるキャラクターを上手に使おう」という方針でやってきた。しかし使ってみてわかったこととして、元々別のものを背負っている(自治体だとか企業だとか商品だとか)キャラであるから、普遍性がないんだな。宮崎県といえばコイツ、みたいな扱いになりづらい…ということだ。
また、キャラクターは、広く認知させることが難しい。つくったはいいものの、その地域内ですら知ってもらえず、1〜2年で産業廃棄物として抹消されていくキャラクターがどれだけいることだろう。
著名なキャラクター(成功例)のほとんどは、潤沢な予算で行った一大キャンペーンのキャラクターが「たまたま」「ひょんなことで」人気が出た為、「結果的」に地域キャラに「格上げ」されたものばかりである。ゆめ国体のキャラクターから千葉県キャラクターになったチーバ君然り、平城遷都1300年祭のキャラクターから奈良県キャラクターになったせんとくん然り、彦根城400年祭のキャラクターから彦根市のキャラクターになったひこにゃん然り、である。
当たればデカイ、でも当たらない確率めっちゃ高い。さて、うちは「ゆるキャラ」をつくるべきなんだろうか。つくらないとしたら他にどんな「バッジ」があるのだろう。

[memo]

・たまったメールの処理、文書の処理、知事レク、大阪N社の件打合せ等で午前中。午後はキャラの分析など。
・愚息が満10歳。誕生会は週末に。
・「JIN」第1話。
・お袋の人形展記事をWEBでも発見。

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