100kmマラソンの凄まじさ

2011-06-05 (日)

友人知人 身体

マラソン仲間の友人2人が100kmマラソンに挑戦する、という。

阿蘇カルデラスーパーマラソン
阿蘇山の外輪山をほぼ1周(100km)する過酷なコース。
制限時間は13時間30分(5:00start→18:30goal)。
高低差は500m。
平坦な部分がほとんどなく、アップダウンが激しい。
たとえば、60km過ぎからの約10kmつづく上り坂。
たとえば、90km地点からの急激な下り坂。
もう極めて難易度の高いウルトラマラソンなのである。
そんなのに挑戦するって…。ちょっとおかしいんちゃうか?
この二人、3年前にはハーフコース(50km)を走っている。まあ、ハーフといっても普通のフルマラソン+8kmもあるのだから尋常じゃないわけだが、いきなり「さらに倍」への挑戦である。大丈夫か。
ということで、心配のあまり、サポートに出かけてきた。サポート隊としての役割は、コースの要所要所に先回りし、冷たいドリンクやサプリメントを用意したり、エアサロンパスをシュッとしたり、写真を撮ったり、合間にアイスを食べたり、合間に焼きとうもろこしを食べたり、合間にホットドックを食べたり…まあそんなようなことだ。
結論から先に書くと、これが二人とも制限時間内に完走した。
W氏は12時間19分。
東京からかけつけたR氏は13時間13分。
いや〜凄過ぎる。
しかし、そこはウルトラマラソン。もともとフルマラソンを何度も走っている二人とはいえ、倍以上の距離は相当こたえたようだ。途中で弱音を吐く場面もあったし、ゴールした途端にへたりこんで「これはもう救護室か!」と思うほど顔色を悪くしたりもした。ゴール後は歩くことすら困難となり、わずか10cmの段差で躊躇する始末。どんだけ肉体を酷使したというのか。
そんな大会であるから、通常のマラソン大会と雰囲気が全然違う。実にストイックなのである。仮装ランナーはほぼ皆無。スタートから飛び出すバカもいなく、淡々と、1歩1歩を重ねていくランナーばかり。この大会を見ていると、「走る」ということについては、性別も年齢も(高齢者も多数いる)走るフォームも道具すらも何にも関係ない気がしてくる。マラソンとは、日頃の練習の積み重ねと、必ずゴールするという固い決意。その二つがすべてなのかもしれない。心から感動した。
完走したすべてのランナーに拍手。
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【2011.06.04 sat】
・朝5時半起床。ケータツと。V女史、L女史と合流。コンビニおにぎりで朝食。
・高千穂で休憩中、クワガタ発見。会場につく直前、ケータツがゲロッパ。
・50km地点についたところで、W氏が到着。20分ほど時間があいて、R氏到着。両者ともまだまだ元気。50kmに出ているK氏、U氏も発見。
・65km地点の産山役場。ここでW氏が一気に疲労。K氏、U氏に加え、100kmに出ているM氏も発見。忘れ物を取りに帰ってR氏には会えず。
・80km地点山頂。W氏の元気が復活。
・90km地点。なんとかいけそうな両名。U氏も元気。
・92km地点。V女史が伴走へ。
・Goal地点。W氏の疲労度がすごい。表情がげっそり。R氏は表情は元気だが、身体疲労がすごい。歩けないほど。
・宿は「阿蘇の四季」。囲炉裏端で楽しい夕食。W氏、R氏はビール一杯程度しかアルコールを口にせず、食後すぐにダウン。150kmのK氏、U氏は元気。2次会。
【2011.06.05.sun】
・なぜか朝6時に目覚める。ケータツと朝風呂。美味しい朝食。
・帰路。今度はぼくが車酔い。うげー。高千穂→宮崎を全部運転する。
・帰宅後、映画「おとうと」を鑑賞。なかなかこういう弟に寛容になれない自分も感じつつ、姉の優しさに感じ入りつつ。
・TSUTAYA。

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日髙英輝氏講演会

2011-05-08 (日)

デザイン 仕事 友人知人

日本のグラフィックデザイン2008-2010展」にあわせて開催された日髙英輝氏の講演会へ参加。まさかと思ったが、120名の定員は満席。講師から「ちゃんと申し込んでおけよ!」と怒られつつ関係者席(講師のお母さんの隣)を用意して貰った。すんません。
「関係者」だから言うわけではないが、講演内容が素晴らしかった。日髙さんがデザインするのはポスターだったり、CDジャケットだったり、広報誌であったり、つまりはすべて商業ベース上にあるデザインということもあって、「美しい」とか「かっこいい」ではなく、いかに「伝わるか」を強く強く意識したものとなっている。
特に「GReeeeN」のジャケットへのこだわりには、改めて感嘆した。楽曲以外にアイデンティティのない匿名バンドを、どうアイコン化するかという課題に対して、極めて高度なディレクションがなされていた。この方法論は、今のうちの県にもっとも必要なことかもしれないな、とも思ったなあ。
講演の最後は、宮崎出身者としての「口蹄疫復興」への思いが語られた。一緒に新聞広告やポスターを制作したこともあって、感慨深く拝聴した。うーむ。この内容、うちのチーム全員に聞かせたかったなあ。

[memo]

・午前中はだらだらと。午後から「日本のグラフィックデザイン2008-2010展」へ。観賞後、日髙英輝氏講演会。M女史と一緒に。
・親父の誕生会+お袋の古希祝。「Bistro 丸正」。
・「川の底からこんにちは」★★★★。妙な映画。小さなくすぐりも悪くないが、後半の変なハイテンションがおかしい。満島ひかりの神懸かり的演技。

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キッズセーバー

2011-04-24 (日)

アートなど 友人知人

NPO法人「キッズセーバー」が主催するワークショップへ参加してきた。

ひょんなことから宮崎と縁ができたカメラマンの蓮井幹生さんが昨年からスタートさせたプロジェクト。カメラ、という道具を手にしたとたん、自由な表現者になっていく様が面白い。蓮井さんは、絶対に「ダメ」って言わない。「素晴らしい」「いいね」「かっこいいな」「かわいいね」。ひたすら肯定的な意見だけを述べる。
普段はぼくからダメ出しばっかりくらっている我が子どもらも、寝っ転がったり、見上げたり、激接近したりして、いろんなものを「撮ること」の楽しみを満喫したようだ。残念ながらどの写真もあまりパッとしないのだが(だから否定すんなよ)、比較的面白かった写真を掲載しておく。ちなみに上が蓮井先生チョイス、下がお父さんチョイス。
<ケータツ>
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【蓮井先生】元気にあふれているね。力強いね。
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【お父さん】※撮影の為、特別に土台によじのぼっています。石井先生ごめんなさい。
<ハナ>
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【蓮井先生】ポートレイトで、なかなか「つむじ」に注目しない。視点が素晴らしい。
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【お父さん】足かぁ。好きだねえ、ぷにぷにするの。特に親指がかわいすぐる。
[memo]
・図書館へ。ケータツは「西遊記」5巻。はまってるなあ。
・「キッズセーバー」主催のフォトワークショップ。昨年に続き講師蓮井さん。講義>実習>講評>チェキ実習>修了証。今年も楽しい1日になった。
・投票。tsutaya。「なべしま」。久しぶりに言ったら高くなってた。11,000円超。

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別れと出会い

2011-03-28 (月)

仕事 友人知人

この時期は、別れと出会いを感じる季節である。

親しい友や同僚、知人であればあるほど、その別れは辛い。その都度思うことはあるようで、1年前はこんなことを、2年前はこんなことを書いている。そして今年の別れも、やはり切ない。
3年間、同じチームだった2人。厳しく鍛えていただいたN先輩(「みやざき肉の四天王」の命名者)。誰よりも一番多くの時間を一緒に過ごしたI嬢(モスのチキン南蛮バーガーの交渉人)。この2人があって、今のぼくがある。海森堂は読んでない(ハズだ)が、本当に心から感謝している。ありがとうございました。
隣のチームながら、時にバトルをし、時に結託し、いろいろなプロジェクトを進めていたY先輩、H先輩、あるいは後輩のF。面白いメンバーだったな。東京ガールズコレクションと仕事で繋がるなんてな。
他県から研修に来ているS嬢。資料作成能力が高く、のびしろもたっぷり。もっと早く仲良くなっていれば、もっと充実した宮崎ライフを提供できたかもしれない。楽しかったよ。ほかにも、観光ガイドのK嬢や旧友F嬢ともお別れ。ああ、エロトークの相手がまた一人一人消えていく。
今週はそれぞれに送別会をし、別れを惜しむ予定。
[memo]
・営業チーム会議。方向性が明確に。チームミーティング資料作成(十訓とか)。
・うどん事件。帰宅。
・宮崎小学校T先生と懇談。この1年の成長を確認。そして来年の課題も確認。
・一平社長がマヨのサンプリングを。感謝。
・「杉の子」。O嬢の段取でO高校のS先生とF先生、ブルー、そしてなぜかマッキーも同席してカリキュラムの打合せ会。いいアイデアが揃った。

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「ヘキサゴン」ボランティア

2011-03-05 (土)

仕事 友人知人

今日は終日、テレビ番組「ヘキサゴン」のイベントにボランティアとして参加してきた。

宮崎出身でイベント会社を立ち上げたばかりの知人がこのイベントを企画した。サーターアンダギーのプロモーションツアーのひとつに宮崎を追加する…という提案をフジテレビにしてくれたのである。フジ側も、宮崎の応援になるのなら…ということで、快く引き受けてくれたらしい。
まあ、それだけなら簡単な話なのだが、来てもらう以上は、万全の受入体制を取らなくてはならない。旅費、ステージ設置、会場警備、食事などなど。でもそんな予算は全然ない。そこで彼は、航空会社、放送局、イベント会場のイオンなどを一人で走り回って、調整した。ぼくらも少しでも協力できればと、大学生に会場整理のボランティアを頼んだり、ぼく自身も車を出して、スタッフの移動をお手伝いした…という次第。
結局、知人の熱意に打たれた番組側が声かけをして、里田まいさん、矢口真里さん、崎山大海さんも応援に来てくれた。つるの剛士さんに至っては、前日からやってきてサーフィンも楽しんでくれたらしい。
結果的に約1万人のお客さんがやってきてステージを楽しんでくれたようだ。よかった。
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[memo]
・8:00〜19:00 イベントボランティア。拘束が長いw。
・「鰻楽」。
・「SP革命前夜」。映画と映画の間をテレビで繋ぐというこの手法、すごく中津半端な印象。まあ、単なる「あおり」なんだが。好きな作品でこれをやられると、気持ちは萎える。
・「レヴォリューションNo.0/金城一紀(角川書店)」★★★。

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佐藤章さん

2011-03-02 (水)

仕事 友人知人

キリンビールのマーケティング部長・佐藤章さんの講演会があった。
章さんとは、3年半前に一度講演を聞いて感動し、そのまま図々しく主催者の招宴にまで付いていって仲良くさせていただくようになったという経緯がある。偶然にもその直後にアピール担当に異動し、1年後には一緒にイベントをさせていただいたこともある(その次、の企画が浮かばない自分がもどかしい)。
久々にお会いした佐藤さんは相変わらずエネルギッシュ…いや、そんな生温い言葉じゃ表現できないな。あえて言うなら仕事に対して「獰猛」。熱さの塊のような人だった。その熱は飛び火する。著書にも書いてあったが、「キリンフリー」の開発を若い社員(梶原奈美子さん)に委ねて、大ヒットさせている。
講演会では、キリンビール、キリンビバレッジという商材を通したマーケティングの話だったが、通常業務のなかで感じている「空気感」などがピッタリ一致して、非常に興味深かった。市場調査の予算など出るべくモない我が社ではあるけれど、こういう「間接調査」からいろいろ類推しつつ、新しい展開を考えていかなくてはならないのだろうな。

[memo]

・エバ調整。講演会は佐藤さんの部分だけ。
・「一木一草」にて懇談。

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ヒミ・オカジマさん

2011-02-10 (木)

WEB 友人知人

ヒミ*オカジマ氏の講演会に行ってきた。
〜講演会パンフレットより〜
金もコネも人脈もなく、自らの意思だけで07年10月、NYマンハッタンにHAKATATONTONをオープン。世界不況の最中であり、宗教上豚を食べないユダヤ人が8割を占めるこの街で、全米3大ネットワークCBSテレビがオープン当日を生中継し、翌日にはそのニュースが世界配信される。その勢いは留まらず、アメリカ版「料理の鉄人」審査委員長が絶賛し、New York Timesや、Time outが特集を組み、今では予約が2週間待ちという超繁盛店に。異国の地で、誰ひとりとして振り向きもせずに捨てられていた「豚の足」を使い、彼はどのようにしてニューヨーカーを夢中にさせたのか?

最初、このプロフィールを読んだとき、失礼ながら「すげー眉唾」な印象を持った。テレビや新聞での絶賛なんて、「誰も確認しようがない」し、そもそも名前がインチキくさい w。でもまあ、まわりがあまりに「ヒミ力(ひみりょく)」に取り憑かれているので、かなり懐疑的な気持ちで会場に向かったのであった。(実は先日、県庁でバッタリお会いしたときには随分印象は変わっていたのではあるが)
で。小1時間、話を聞いて、自分もすっかり「ヒミ力」に魅了さてしまったのである。バカ話も多いヒミさんだが、話に熱があり、言葉に力があるのだ。トントン拍子に進んだようなサクセスストーリーが、ちっとも嫌みじゃない。ああ、この人なら、そんな風にまわりを巻き込んで、ぐいぐいとモノゴトを前に進めていけるだろうな、と思わせる。商売上のテクニカルな部分も、説得力のある企画だったりする。話の後段では、サクセスの裏舞台、苦労話も出てくるが、結構深刻な事態を、ギリギリのところで「ひょい」と乗り越えるバカ力も持っている。
ヒミさんは、商売人というところに留まろうとしていない。人と人を繋ぎ、損得という価値観ではなく、嬉しい楽しいという価値観で、世の中を満たそうとしている。その気持ち、とてもよくわかる。仕事、プライベート、そしてソーシャル。そのソーシャルな部分って、実はとても大きな「生き甲斐」だったりするのかもしれない。…なんて思いながら、楽しい夜を過ごしたのだった。
ちなみに、ヒミさんの本名は、岡島ヒミさん。インチキくさいとか言ってすいません…。

[memo]

・新聞広告修正、契約書、出張準備、M県来訪調整…。
・ボランティア関係ランミ。
・「ヒミ・オカジマ」講演会。2次会。3次会「hana」。

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知らないだけでホントは繋がっている縁もある

2011-01-02 (日)

余談 友人知人

世の中、どこでどう繋がっているのかわかったもんじゃない。
元旦の朝、TwitterのTLを眺めていたら、友人(@oshiripan)が家族旅行の写真を掲載していた。姉2人…とコメントがあるのだけれど、そのうち1人はある女友だちにソックリ。まさかと思ってダイレクトメッセージを入れると、やはり本人なのであった。
姉の方とは、15年ほど前、よく一緒に遊んでいた時期があった。弟とは、つい1年ぐらいの付き合い。言われてみれば、彼女の旧姓はそれだったし、顔も似ている部分もあるけれど、いやー全然思いつかないっつーか、たまたまこのTL見てなければ、一生気がつかないままだったろう。
ジンセイにはこういう「知らないだけでホントは繋がっている縁」ということが多々あるのかもしれない。
たとえば、よく通っているパン屋さんは永瀬正敏の従妹で、年が近いこともあって離婚したあとも小泉今日子とメールのやりとりをする仲で、今度こっそり宮崎旅行に来ることになっていてアテンドを頼まれたんだけど、おいしい店とかあまり知らないんだよねー…ってことが急にわかったりしないかな。しないかな、マジで。

[memo]

・だらけた正月の朝。
・「名主」にて父方の親族の集まり。30名ほど。従兄の子がまた結婚。また子供が増殖。
・腹休めにお茶漬けな夕食。
・「がき使/笑ってはいけないスパイ」前半まで。ケータツ爆笑。
・「あしたのジョー」1-3巻。

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一夫多妻な夜

2010-12-22 (水)

友人知人 家族家事家

[memo]

・総合P調整。各所へ連絡。
・日之影物産展にて「栗久里」が山のように積んであって興奮。3本購入。
・ラグゼ一ツ葉。保育園仲間の6家族での宿泊クリスマスパーティ。といっても、2軒は子どもだけの参加。あとは母のみなので、父1,母4,男児3,女児6。一瞬、ハーレム…という言葉が浮かんだけれど、いやいや違うな。一夫多妻(+子だくさん)状態だよ。遅れて行ったため、料理は母たちがつくっているので、ぼくはもっぱら、子供らの世話役。大変。多くの妻をめとるなんて、めんどう以外の何ものでもないな…。まあ、ビンゴやらプレゼント交換やらでやたら盛り上がり、子供らが寝たのは0時過ぎ。大変。

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イザベルからのメール

2010-11-01 (月)

友人知人

先日、思わぬ機会があって、お笑いコンビ「イザベルとベネ」のイザベルと飲んだ。そのことは後日ちゃんと書くつもりなので、経緯はさておき。そのイザベルから今日メールが来て「宮崎の思い出をブログに書いたから読んで〜」とのこと。
ふーむ。どんだけ宮崎に詳しいフランス人なんだよ(ハーフだけど)。なんでも旅番組のレギュラーで、一時期集中的に九州ロケに来た(特に宮崎に)らしく、県内中のことをかなり詳しく知っている。つか、恐ろしいくらいにマニアック、かつ、どうでもいい情報に精通している(椎葉村には椎葉姓がいっぱいいるだとか、JA宮崎経済連の会長は羽田さんだとか…)。
まあ、こんな風に、宮崎を愛してくれる人は、なんだか妙に感じのいい人が多いんだよなあ。宮崎ネタだけでブログを書いてるabrazoさんも、びっくりするぐらいいい人だしなあ。面白いなあ。
イザベルは、自分の故郷・ニースに似ているところも、宮崎に心惹かれる理由だと言う。ふーむ、ニース…ニースかあ…ニースねえ…。えーっと、ニースってたしか南仏だよな(ということすら自信なくてwikiで確認)。
まあしかし、こういう写真↓みると、青島っちゃあ青島って気もしてきた。いやもう青島にしか見えない。よしやるか姉妹都市。
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[memo]

・スタッフマニュアルの修正・調整を延々と。0:00。

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海森堂rss

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