チーム「for MIYAZAKI」
2012-04-29 (日)
なんと言ったら良いのだろう。それなりに長い県職員生活のなかでも、最上級に嬉しい夜だった。4月25日、うちうちで「ドクターヘリの就航を祝う会」が開かれ、ぼくを含めた「過去の担当者」たちもお招きいただいたのだった。
ドクヘリ活動の主役であるフライトドクター、フライトナース、そして救命救急センターのナースたちはもちろん、宮崎大学からは、学長、附属病院長、医学部長らが、県からは、知事、部長、次長が出席、さらにシンポジウムで来県された國松理事長、現場トレーニングに尽力いただいているミスタードクヘリこと松本尚先生も、ゲストとして参加。これ以上ない華やかなメンバーが揃っての会だった。
そして幹事を務めたのは、わが友・金丸ドクターである。会の冒頭で、彼が言った言葉がこの日のすべてだった。
「今夜は夢を語りましょう」
近年、医療の現場は、とても厳しい。患者からの要望が高まる一方で、専門化・細分化が進んで、圧倒的な医師不足の状況となっている。なかでも救急分野は、激務もあってなり手が少なく、崩壊の危機が続いている。今そこに、ドクターヘリという、小さな、でも力強い希望のホノオが灯ろうとしているのだ。ここから、宮崎の救急医療が、そして地域医療全体が変わっていくかもしれない。激務を自ら望んで引き受け、県民の命を守ろうという高い理想をもった医師、看護師が増えていくかもしれない。…そんな熱い夢を語る夜であった。
ぼくが医療担当をしていた3年間で、壮大な夢を語る医師が2人だけいた。そのひとりがドクヘリの夢を語る金丸医師であり、もうひとりが周産期医療の夢を語る池ノ上宮崎大学付属病院長(当時は産科教授)だった。
医療の現場では、医師たちはなかなか夢を語らない。「現実は甘くない」「理想を語れる状況じゃない」。そういう医師が圧倒的に多い中、この2人だけは、いつも「こうしたいんだ」「やればできるんだ」と熱く語っていた。宮崎大学に池ノ上病院長がいるときに、金丸医師が帰ってきた。宮崎県民にとって、本当にラッキーなことだったと思う。
もうひとつ。若くして鬼籍に入られた先輩・吉田拓夫さんのことも書き加えておく。ほんの2年前は、宮崎にドクヘリを導入するというのは、まったくリアリティのない話だった。救急医は慢性的に不足している。ハードもまったくない。莫大な予算とたくさんのスタッフを必要とするドクターヘリは、夢のまた夢だった。
しかし、拓夫さんは「宮崎の医療を再生するために、ドクターヘリの導入は不可欠」という思いで関係者を熱心に口説いて回っていた。その熱意に唯一人、応えてくれたのが、池ノ上病院長だったのだ。まったくの「ゼロの状態」で「夢にかける」のは、たぶん池ノ上病院長でなければ無理だったろう。その決意が金丸医師を宮崎に呼び戻すことに繋がり、ドクヘリ導入への挑戦が始まったのだった(その後、菅沼学長や迫田医学部長という、力強い応援隊を得たことも大きかったな)。
聞くところによると、4月18日の運航開始式が終わったあと、池ノ上病院長と金丸医師は、拓夫さんのお墓に報告に行かれたのだという。みな思いは同じだったのだ。
夢をもたなきゃね。夢を語らなきゃね。すべては夢から始まるのだ。
※会の最後に、救急センターのスタッフから、来賓へサプライズプレゼントがあった。それは、名前入りのフライトユニフォーム。
(左から迫田医学部長、國松理事長、河野知事、菅沼学長、池ノ上病院長)

背中にはもちろん「for MIYAZAI」
[12.04.25]
・議会用資料づくり。
・お祝いの会「ベル・エポック」。2次会「TIME」。松本先生、落合教授、金丸医師、長倉、長友、前田。「コードブルー」のウラ話など。長倉と2人で「hana」。
[12.04.26]
・常任委員会。質問の半分はうち。
・ソレイユ保護者会。息子のつくった鍋を食ってから参加。
[12.04.27]
・延岡出張。総務商工センター、ヤングJOB、ハローワーク延岡、プラザ、九州保健福祉大学。ランチ「松乃寿司」でオリエンタルチキン南蛮。
・会検準備20:00。
[12.04.28]
・GWだというのに通常出勤。チーム全員で会検準備。書類チェックを永遠と。ランチ「アンダーバー」。街市を少しだけ覗いたら、抽選で新茶(特等)と出汁巻き玉子が当たった。ラッキー。8:00-22:00。
ドクターヘリの ” 種 ” が生まれた日
2012-04-05 (木)
2005年1月上旬のある日。ぼくは、西郷村(現:美郷町)の消防出初式に参加していた。式典の準備が行われている間、役場の方たちと雑談していると、西郷村立病院の事務局長が「もし時間があったら病院に来てくれないか」と言ってきた。何やら、若いドクターが、ぼくの話を聞きたいと言っているとのこと。その日はただの「カバン持ち」で、式典の間は何もすることがなかったので、ほいほいと徒歩5分の距離にある病院へと向かった。そこに待っていたのは、なんとも愛らしい笑顔をした金丸勝弘医師だった。
当時、ぼくは防災ヘリを宮崎に導入する仕事をしていて、2月末の運航開始に向けて最終準備を行なっている最中だった。金丸医師は「地域医療にヘリは有効なんではないか」と思っていたそうで、「防災ヘリを医療目的に使っていいのか」という話を聞きたかったようだった。
宮崎の防災ヘリは、正式には「宮崎県防災救急ヘリコプター」という。全国で唯一「救急」という言葉が入っている。これは、事故や災害時だけでなく、日常的な救急用務でも積極的に活用していくという意味でつけたものだ。名前だけではない。航空隊員の半数を「救急救命士」としているのも宮崎オリジナルだった(普通はレスキューの隊員が搭乗するのだが、宮崎だけは救急救命士がレスキューも行うという独自のルールとした)。
また、ちょうど1ヶ月前に、アメリカでのヘリの医療現場での活用実態を見てきたばかりであったので、「医療分野でもこれから積極的にヘリを活用すべきである。救える命を救わないのは医療と行政の怠慢だ!」という自説をぶちまけた。将来的には、防災ヘリの基地にドクターを常駐させ、「ドクターヘリ的な運用」も目指したいというぼくなりのアイデアも披露した。確か小1時間程度ではあったけれど、二人して「医療ヘリ構想」を熱く語りあって、すっかり意気投合した。その後、金丸先生とはプライベートでも何度も会って、「医療現場でのヘリ」について語り合ったものだった。
その1年後。金丸先生は、千葉の日本医科大学北総病院へと転ずることになる。テレビドラマ「コードブルー」の舞台にもなった病院で、全国で最先端の「ドクターヘリ」の運航実績をあげていた病院だった。ぼくの「防災ヘリを医療に活用」というアイデアを飛び越え、「ドクターヘリ」の修行に行ったのだった。金丸先生は、そこで5年間研修医として研鑽を積まれた。内科救急という慣れない現場で、先生も随分苦労されたのではないかと推察する。給与もよくないのに(笑)。
そして、昨年、ドクターヘリ導入の特命を背負って金丸先生は、宮崎大学医学部へ戻ってきた。
ドクターヘリの導入については、医療、行政のたくさんの人が尽力してきた。莫大な予算を確保すること、救急専属のスタッフを確保すること、施設を整備することなどなど…。直接・間接に携わってきた人は何百人にもなることだろう。しかし、そもそも金丸先生がいなければ、宮崎にドクターヘリを持ってくることはできなかった。いや、金丸先生の存在があったからこそ、「宮崎にドクヘリ!」という夢を追いかけることができたのだ。そう。つまりは、金丸先生をその気にさせたぼくが一番偉いんであるな(全然違うと思う)。
そんないろいろな7年間が過ぎ、あの日に撒かれた種がついに花を咲かす。運航開始はいよいよ、2週間後、である。
[12.04.05]
・ひたすら勉強の一日。
[12.04.06]
・起案がたくさん回り始める。新体制での始動。部長への説明。
・娘2号が発熱。生協病院へ。ただの風邪らしい。
弟子であるヨロコビ
2012-02-28 (火)
こんな弱小サイトでも、10年も続けていると温かく見守ってくれる読者もいたりする。そんな希少かつ最古参の読者の一人であるHOSO氏と、大阪出張の合間に「はじめての飲み会」に行ってきた。40歳を越えた”ナイスミドル”同士、どんな飲み会になるかワクワクしていたのだが、これが実に楽しい時間だった。
神戸出身であるHOSO氏が段取りしてくれたのは、新長田にあるお好み焼き「ひろちゃん」。関西風お好み焼きと言えば、具だくさん、ソースの上にマヨネーズがたっぷりかかって、かつお節がひらひらと踊っている、というイメージだったが、” 関西風 “も様々なのね。そばめしでも有名な長田地区では、ぼっかけ(すじ肉の煮込み)がメインで、マヨネーズはそもそも机の上に置いてない。とん平焼きというのも初めて食べた。コナモン文化、奥が深いなあ。旨いなあ。←B級好き
そのお好み焼きを食べながらHOSO氏「今日は時間あります? よかったら、このあと某BARへ行きませんか。一度行きたかったんです。」と。おお。某BARといえば、二人の共通の師匠であるS氏が長年通っていることでマニアックに有名な店。行こう行こう、ということになり、さっそく師匠へFBで「これから行ってきます」とメッセージを入れる。と、即座に師匠から「日曜日は休み。荒らされなくてよかった。」と返事があった。しかし、緻密な段取りマンであるHOSO氏曰く「いや、定休日は水曜日のハズ。マスターも『おでんを仕込んでいる』とつぶやいてました」。すごいなそのリサーチ力 w
電話して開いていることを確認して、某BARへ移動。店を見つけた時には、二人してiPhoneを取り出して、看板の写真を撮りまくり。店の中では、師匠のボトルも撮りまくり。終いにはそのボトルを勝手に飲み始める悪い弟子たち(嘘。優しい師匠が飲めと言ってくれますた)。ここまでいくと、ペ・ヨンジュンの生家を見に、韓国まで出かけていく追っかけおばさんレベル。相当タチの悪いナイスミドルなのである。
とはいえ。まったく境遇の違う2人が、師匠を同じくするということで、こうやってリアルに会う。もう神戸とか宮崎とか関係ない。そして、師匠を酒の肴に、師匠の酒を飲む至福といったらない。弟子であるヨロコビを共有できるヨロコビなのだ。…なんてなことをFBに書いたら、師匠から「いいね!」ならぬ「いくないね!」との返事 www
それにしても某BAR。さすが敬愛する師匠が愛しているだけあって、その佇まいといい、マスターのお人柄といい、なんとも心地よい空間だった。歩いていける近所に欲しいなあ。HOSO氏はこれから足繁く通うらしいので、次回はHOSO氏のボトルで飲む w
[12.02.25]
・ビズのK嬢をピックアップして都城へ。「広島vsソフトバンク」オープン戦へ。むぅちゃんのアテンド。寒い。
・途中で切り上げて宮崎へ戻り、宮崎空港から伊丹へ。空港で久々に「ガンジスカレー」食った。DNAレベルで旨い。
・空港バスの連絡がうまく行ったので、急遽梅田ガーデンシネマへ。レイトショーで「宇宙人ポール」★★★★★。過去見たバカ映画の中で、最高レベルに面白かった。SFネタが随所に散りばめられている面白さもさることながら(全部拾えてないだろうなあ)、実はとてもオーソドックスというかストレートな面白さもある。死ぬまでにあと10回は見る。
[12.02.26]
・6時起床。応援団交流会。「南海グリル」。司会役。熱い語りやら、飛び入り参加やらで、予定時間を1時間オーバー。
・HOSOさんと新長田。鉄人!を見学したあと「お好み焼き ひろちゃん」。とん平焼、すじ焼+シソ、そばめしなど初体験ばかり。旨し。
・聖地「バーンズ」へ。マスターが素晴らしい。師匠とFBでやり取りしつつ「オールドグランダッド」を無理矢理ゴチになる。
・そんなこんなで楽しい夜を過ごした為に、梅田で終電終了。江坂までタクシー(泣)。しかもホテルの部屋が過去最高に狭過ぎるの巻。
[12.02.27]
・朝5時起床。6時ホテル発。7時空港着。8時発。9時着。M「アッパレみやざき」に「ゆるみや」が。議会対応。OJの対応。
・娘1号が風邪で休み。定時退社で久々に家族とゆっくり。
理恵力(りえりき)
2012-01-12 (木)
金曜日は第1回目の「理恵塾」があった。これはフーデリィの宮田理恵さん(つか理恵ちゃん)が個人で主催するパワーアップ研修会。講師はなんと我が師・佐藤尚之さん(つかさとなお師匠)。Facebookでの呼びかけを中心に100名超が集まった。
元々、師匠に理恵ちゃんを紹介したのは、2年半前。そこから彼女と師匠はあっという間に仲良くなり、ついにはこのような会を開催するまでに。理恵ちゃんのこの「人と仲良くなっちゃう、くっついちゃう力」は、本当に素晴らしい。師匠とは、たまたまぼくが引きあわせたけれど、仲介者なんかいなくてもすぐに仲良くなっちゃうのが彼女の彼女たる所以だ。ぼくは最近その能力を「理恵力(りえりき)」と呼んでいる。
理恵力は、とにかく図々しい力でもある(笑)。会ったことがあろうがなかろうが、どんどん押しかけていって仲良くなっちゃう。1度でも会ったことがあればもう親友も同然の振る舞い(笑)。でもそれが全然不愉快にならないんだな。これと思った人の懐にズバッと飛び込んでハートを掴む。すごい能力だと思う。ホントに。
最近は、理恵力がさらにパワーアップしてきて、自分と相手が仲良くなるだけにとどまらず、人と人とをくっつけちゃうところにまで発展。「この人とこの人が繋がれば、何か面白いことが起きるハズ〜」と思ったら即実行。1回だけ会ったことがある人(それもすごくエライ人)にイキナリ直電し、「会わせたい人がいるの!」と言って引き合わせる。そして本当に新しい火花がバチバチっと光ったりする。そんな芸当ができるのは理恵ちゃんしかいない。理恵力マジック。
これから理恵力がますます宮崎を面白くしてくれるんじゃないかな(…と他人事のように書きつつ、結局喜んで巻き込まれていくワタシ)。
*理恵ちゃんは、このブログでもM女史だとかR女史だとかという名称でよく登場するのだけれど、今回は中身が中身なので実名で書いてみた(笑)
[11.01.11]
・来年度予算、部長レク。西鉄グランドホテル総料理長来訪。
[11.01.12]
・総務部長ヒア。予算資料作成。知事説明資料作成。22:30。
[11.01.13]
・知事説明内容部長レク。「みやざき犬」の活用方針説明。
・理恵塾。2次会「鉄竿」。澤畠さん、じゅんじゅん、師匠、T社長、げんちゃん、理恵ちゃん、尾崎さん。3次会「豚足ライダー」。4次会「hana」。27時終了。
企画会議
2012-01-06 (金)
普段から仲良くしているR女史が、我が家へ来訪。彼女とは、かれこれ5年ぐらいの付き合いだ。仕事にしてもプライベートにしても興味の対象が近い割に、得意分野は異なるので、お互いにいい刺激を受けることができる。あまりにディープに付き合っているので、「肉体関係のない第二夫人」の称号もある(笑)
といっても、ここのところのR女史は、活動の場が加速度的に広がっていて、すっかり「全国区」の人になっているので、なかなかアポを取ることが難しく、最近は、飲みに行くことすらままならない。せいぜい月に1回会ってるかどうかレベル。そろそろ称号を「肉体関係のない愛人」に格下げしなくては…。
そんなR女史であるから、たま〜に個別に会うことになると、お互い溜まっていたものをぶつけ合うことになる。ホームパーティじゃなくて企画会議になっちゃう。ちなみに今日の企画テーマは、来週開催の「R塾」の具体的な運営について。ひとつひとつの課題を検討していったら、あっという間に2時間経ってしまった。ロクにメシも食わずに喋りたおしたのに全然終わらない。話が脱線した流れで出てきた某航空会社案件、某飲食店案件も面白い企画だったし、姉妹都市案件は突っ込みどころ満載で、もっといろいろ詰めて話したかった。とりあえずメインテーマ案件については、持ち帰ってお互いにもう少し揉んでみることに。
それにしても、ぼくのまわりには、R女史のように顔を合わせると「企画会議」をしちゃうタイプの人が増えてきたなあ。世の中を嘆いてみたり、上司や部下の悪口を言ったりといった「ネガティブ」で「他人事」の話は、ほとんどしない。「(自分が)どう動いたらこの街が、この宮崎が、この日本がワクワク楽しくなるか」という「ポジティブ」で「自分事」の話をする。こういう人が増えてくると、世の中、もう少しなんとかなる気がする(気がするだけかもしれないけど)。
[12.01.05]
・出張日程調整、白パン資料、R社物産展関係打合せ等。
・R女史、Mちゃん来訪。おでんとホルモン焼きと。終了後家人と明日以降の打合せ。
お金の話
2011-11-09 (水)
もう随分と長い付き合いになる某から、突然「お金を貸して欲しい」という電話があった。浮き沈みの激しい業界でなんとか頑張っている某なのだが、その声にいつものような張りはなく、ジリジリとした切迫感だけがあった。これまでも厳しい時期は何度もあったやに聞いてはいたが、ロクに金を持っているハズもないぼくに、そんな話をしてきたこと自体、事態は相当深刻で、プライドも何もない状況なんだろう。どうやら体調も壊しているらしく、思わず某の家族の顔も思い浮かんでしまう。
言われた金額は、ぼくにとって決して少なくないものだった。ましてや、現在、無給生活で、わずかばかりの貯金を食い潰している身としては痛いどころの騒ぎではない。しかもそれは「返ってこないお金」なのだ。たぶん。
でもぼくは「貸すよ」と言ってしまった。情に厚いのか、単なるええカッコしいなのか、自分ではよくわからない。ただそのとき考えていたのは、実は某のことではなかった。ぼくの友人、知人たちすべてのことだった。言葉少なに感謝の言葉を述べる某の声を遠くに聞きながら、ある種の「願掛け費用」を払うような気分になっていた。
「どうか神様。もう誰もお金のことでぼくのもとを去っていきませんように。」
まあ、かくいう自分も「あればあっただけ使っちゃうタチ」ではあるからな。気を付けないとな。そして、もう貸したくても貸せない状況なので誰も申し込みに来ないように(涙)。いやそもそも貸したかないけどね。さあ、しばらくは貧乏だぞ。
みんな頑張ってる
2011-11-08 (火)
朝、娘1号を学校に送り届けてから帰宅。洗濯物を干して、掃除機をかける(この季節、ダニが増える時期なのでできるだけコマメに)。そうこうしていると某生保に転職した友人Sが営業 兼 雑談にやってきた。
Sは、10歳くらい年下なのだが、転職1年で踏ん張りどころの真っ最中。契約者を一定数まで確保すると、あとは紹介が紹介を生んでうまく回っていくらしいのだが、まだその2割程度という段階。だから土日もなく頑張っている段階。途中からぼくの保険契約の話はさておいて(つか、契約するって一言も言ってないし w)、家族との時間の捻出方法などについてお悩み相談会となった。
彼なりに「家族の行事を優先的にスケジュールに組み込むように」努力しているとのこと。でも、それじゃあイベント感が拭えないよね。家族と「遊ぶ」ことだけがスケジュールに入ってくる。それより「毎朝、家族全員でご飯を食べる」とかの方が大事かもしんない。たまにたっぷり話すより、毎日少しずつ話した方がいい。たぶんね。…てな話をする。
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娘1号は、ピアノと打楽器と水泳を習っている。打楽器と水泳は、物理的に自宅練習ができない分、ピアノだけは毎日練習している。もちろんサボっちゃう日もなくはないけど、本人に頑張る気があるから、ちゃんと続けられている。偉い偉い。
対する息子はというと、サッカーと水泳に通っているのだけれど、ただ週に1度の練習会に参加するだけ。サッカーなんてボールさえあればどこでも練習できるのに、家ではボールに触りもしない。そんなことだから、サッカー大好き〜とか言いながら、いまだにリフティングが5回もできないんだよ。もー。
まあそれでもぼくは「身体動かして楽しいんだったらいいんじゃね?」と思っているのではあるけれど、娘1号が毎日頑張っているのと比べると、どうにも努力感が足りないのは否めない。たらたら漫画ばっかり読んでんじゃねー的な気持ちもないではない。だからと言って、好きじゃないことはどうせ続かないしな〜。…という話を直接本人にしたところ、しばらく考えた後「料理を覚えたいんだよね」と言い出した。おお。父の背中から何かを感じたか w
そもそも3歳のときにマイ包丁を買ってもらってるから、ごはん+味噌汁+キュウリの塩揉みぐらいなら今でも作れる男ではある。なので、さっそく昨日から「毎日1品」を目標に、夕食づくりへの挑戦が始まった。まあ、担当は「副菜」なので「切って炒めるだけ」「ゆでてあえるだけ」的なものばかりだけれど、ぼくもそこから始めたからね。続ける事が大事だ。
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今日は職場から問い合わせ、相談、報告などが多数あった。うちのチームは、今週末から来週にかけて、イベントだったり、ミッションだったりが重なっているのだ。スラッフは連日遅くまで残業している様子。苦労をかけるなあと思いつつ、でも指摘することは指摘しないとなとも思いつつ…。
結局、仕事なんてものは、担当者の情熱と能力によって、出せる結果は全然違うものになる。それは法に則って仕事をしている公務員だって同じ事だ。情熱と能力のある担当者は、時に法律を越えることができる(違法行為という意味でなく)。ましてやうちのチームのように、依るべき法律が何もない部署は、担当者が粘れば粘っただけ、物事が前進する。1mmの粘りが1mmの前進を生むのだ。絶対的な正解はない仕事だけれど、担当が世界中の誰よりもそのものごとについて突き詰めて辿り着いた「答え」はたぶん正しい。
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ああ、みんな頑張ってるよなあと1日を振り返りつつ、夕食の準備を終えてからぼくも手話講座へ。4月から始めた手話講座も、最近はどんどん高度化していて付いて行くのが精一杯になってきた。微妙な部分での表現の大きな違いに頭が混乱する。時間は身体の前後で区分する(自分より前の方が未来、後ろが過去)のだけれど、期間を説明するときは身体の右左を使う…とか。顔の横で手をひらひらさせると「なかなか」、もう少し上下に幅を持たせてひらひらすると「火(めらめら)」…とか。うーん、自分が表現するのも、手話を読み取るのも難しいなあ…。
いやまて。そもそも息子には「週に1度の練習会だけじゃあねえ〜」とか言ってるくせに、自分はまさに講座でしか勉強してないじゃないか。そりゃ前の週に習った事もどんどん忘れているよね。だから微妙な差に混乱するよね。
みんな頑張っている。自分も頑張れ。
キョンキョンとマラソンとケーキ
2011-10-24 (月)
「水平線の花火と音楽2」に行ってきた。お目当てはもちろん小泉今日子さん。キョンキョンといえば、元夫である永瀬正敏さんが宮崎出身ということもあって、宮崎に対してあまりいい感情をもってないんじゃないか、将来どこかでお会いしたとき「宮崎在住のS41年生まれ」というプロフィールがバレた途端、キョンキョンの顔が激しく曇るのではないか、と勝手に危惧していたけれど(本気で)、映画「毎日かあさん」での元夫婦での競演と、今回のコンサートで不安が払拭されたです。←バカでごめん。
冒頭のMCで「昔、都城に本籍があったことがありまして…」と語ったキョンキョン。この過去を達観したオトナ発言に、またまたぼくのハートはズッキンドッキンズッキンドキンですわ。 しかも「…なので、宮崎には親戚みたいな気持ちがあります。」とも。ああ、素敵すぎるなあ。短い時間ながらも「小泉今日子はブギウギ」「あなたに会えてよかった」「月ひとしずく」「学園天国」「虹が消えるまで」という選曲もナイスだった。一生愛し続けます。
ほかのアーティストも素晴らしかったな。浜崎貴司の声の良さを再確認し、宮沢和史の「節」も心に沁みた。興味のなかった宇崎竜童も生の迫力は良かった。そしてやはり泉谷しげるのパワーは尋常じゃなかった。
その翌日は、「綾照葉樹林マラソン」ハーフへの出場だった。10kmに出場するV姐さんと一緒に会場へ。毎年、この大会からマラソンシーズンへ突入するのだけれど、いい思い出がひとつもない大会でもある。まだまだ身体が慣れてないこともあって、タイムは悪いし、坂道がキツいし、何にもいいことがない。まあ、あるとすれば、「この大会を乗り切れたら、あとは楽」ということぐらいか。つか、単に「逃げない」ためだけに参加しているようなもの。ホント嫌い w
特に今年はほとんど練習をしないまま走ったので、ハンパなくきつかった。10月とは思えない宮崎の暑さも辛かった。山の中は涼しくて良かったけれど、河川敷になってガクンとペースが落ちた。つか、ゴールして倒れ込んだのは久しぶりだわ。良くも悪くも「練習は嘘をつかない」な。そんな中での「2’11”53」は、タイムとしてはヒドいけれど、まあ頑張った方か。少なくとも最後まで歩かなかった。しかし、このままじゃ、今シーズンは厳しいなあ。練習しなくちゃな。
夜は、家族に5日遅れの誕生会を開いてもらった。V姐さんも美味しいイタリアワインを抱えて参戦してくれた(それも2本!)。わいわいと楽しい話と、 美味しい料理と、息子がデコレートしたケーキと。もうあとは何もいらないな(あ、プレゼントはちゃんとくれよな。まだ貰ってないぞ何にも)。
誕生日の夜に
2011-10-18 (火)
今日で45歳になりますた。おめでとう、自分。
区切りの日だけあって充実した1日だった。
・朝イチの「めざましテレビ」占いランキングで、てんびん座が堂々の最下位。あとはあがるだけだし。
・午前中、ローソンにチケットを取りに行ったら、「予約番号だけじゃなくて会員番号も入力しろよテメエ」ってロッピー(端末)に言われちゃった。あわてんぼうさん。
・娘2号のうんちがベストなバーグ状態だった。超〜臭くて健康的。
・晩ご飯はもちろん自分でつくった。冷蔵庫の残りものだけで仕上げるあたりが主夫っぽい。
・今日は手話教室の日。帰宅してみたら家人も子供らもすっかり爆睡していた。自分でつくった晩御飯を一人でモソモソと食べた。
・ケーキがない代わりに自分で取り寄せた生クリーム大福(富貴堂)を追加してみた。なんだかショッパい味がしたけど気のせいな。
今日の終わりにもう一度言う。おめでと
それにしても、フェイスブックってすごい。付き合いの長い親友たち、日々苦楽をともにする同僚、あるいはキラキラと輝くような思い出を共有する元カノたち、そして愛する家族…。その誰もが「おめでとう」を言ってくれないのに、ぼくのウォールにはたくさんのお祝いメッセージが並ぶんだもの。FBのおかげで孤独じゃない。深夜に一人でPCに向かっていても全然孤独じゃない。
みんなのメッセージを読むことができて、ぼくは今幸せだよ。すご〜く幸せ。でも、パトラッシュ、疲れたろう。ぼくも疲れだんだ。なんだかすごく眠い…。パトラッシュ…。
編集技師の友人
2011-07-19 (火)
[07.19 tue]








