娘と電話で

2012-11-28 (水)

家族家事家 聴覚・難聴

難聴の娘1号と” 電話 ” で話をした 。

「お父さん、今日はおそいの?」
「うーん。わかんない。」
「そっか。晩ゴハン食べる?」
「食べるよ」
「わかった。じゃあお仕事がんばって」
「はーい」

…たったこれだけなんだけど、全部一発で通じた。なんか調子が良かったらしい。嬉しい。

 

普段、息子がいるかと思って家に電話したら娘1号が出て、ずっと相手がぼくだってことすらわからなくて「すいません。私は耳が悪いのでわかりません。また電話してください」とか言って切られたりすることもあるのに。

 

これだけでいい一日!

 

[12.11.26]

・K議員の雇用関係質問。ゴゴイチで主旨を確認。総合政策、教育委員会にかぶる部分も多い(特にラスト1問はうちじゃない)のだが、全部うちで引き受けた。作文。夕方に一度部長レクに入り、7割方了解。

・「探偵はBARにいる」★★★★。橋本一監督。物語はたいして面白くないのだが、キャスティングがハマっているので全然飽きずにラストまで。大泉洋の、面白いことやってないのに面白いのと、松田龍平のバランスがよい。シリーズ化は当然。テレビ・ドラマ化したら人気出そう。

[12.11.27]

・朝イチで部長レク。微修正。なかなか学生の生の声がなく、そこだけ苦戦。知事レクもスムーズ。

・帰り道、UNIQLOへ。職場用防寒グッズをもろもろ購入。

・「あなただけ今晩は」★★★★★。ビリー・ワイルダー。ムスターシュが最高にいい味。というか、BARの親父が物語を動かしていく、というパターンはここから始まったのだな〜。シャリー・マクレーンがよいのな。

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難聴児を抱える親にとっての不幸

2012-11-25 (日)

聴覚・難聴

娘1号の難聴について。今のような新生児聴覚スクリーニングがなかったこともあり、「聞こえていない」と知ったのは3歳になってからだった。最初は不安や戸惑いばかりだったが、時間をかけて少しずつこの事実を受け入れ、少しずつその親としての「らしさ」を身につけながら現在に至っている。

 

難聴自体は、1/1000の確率に当たった(統計上の確率。未だ難聴の原因は十分解明されていない)ということなのだが、なんとも残念なのは、生まれた場所が「宮崎県」だったということである。

 

宮崎県の難聴児「医療」は、非常に偏っていることで有名だ。中核となる宮崎大学医学部の耳鼻科は、人工内耳に早くから取り組み、難聴医療で優れた病院ベスト10に名を連ねている…と聞くと、文字通り「聞こえはいい」が、とにかく人工内耳一辺倒で、人工内耳が全て、人工内耳万歳!という全国でも類をみない偏屈病院なのである。

 

事実、わが子の難聴を疑って受信した際には、人工内耳の説明はあったが、どのような福祉サービスがあるとか、これからどうやって親としての支援をしていけばよいのか、というサジェスチョンは一切なかった。3歳児検診で初めて市の発達支援センターを紹介され、発達支援センターに通って初めてろう学校(聴覚支援学校)を紹介して貰った。そうやってようやく一緒に「伴走」してくれるサポーターに出会ったのである。

 

本来であれば、「医療」「福祉」「教育」「家庭」の4者がタッグを組んで初めて、難聴児への手厚い支援体制が機能する。他県ではおおよそそのような体制にある・目指していると聞く。ところが、宮崎県では肝心の「医療」が人工内耳ありきで、ろう学校は不要、手話も不要という、1世紀は遅れた「科学絶対主義」に侵されているのだ。

 

人工内耳自体が悪いと言っているのではない。人工内耳で聴者とまったく同じような聴力が手に入るのなら、彼らの理屈に利がある。しかし、日進月歩で進歩しているとはいえ、現時点の人口内耳は「聴者レベル」には全然ない。仮に、人工内耳を付けたとしても、福祉や教育による相当のサポートが必要なのだ。宮崎大学の医師や言語聴覚士たちの頭の中は、人工内耳の実績づくりしかない。あまりに見え透いている。

 

…これを不幸と言わずして何と言おうか。

 

 

余談。間近で見る美沙子は超かわゆかった。しかもかなりええ子やった。好きどす(偽京都弁で)。

 

[12.11.23]

・朝、F1のY氏から「飛行機取れなかった」旨の連絡が。あらら。宮原くんと「詩季」にて時間潰し。昼から怒涛の段取。会場確認、段取確認、タレント入の調整、事前打合せ、取材段取、マネージャーとの調整、トラック上での調整、パレード本番(沿道を歩く)、取材、お見送り、ステージ。安田、神戸両者と話ができたのが役得っちゃ役得。特に京都弁には参った。

・「いごこちやあんばい」にて。宮原くんとY氏と。

[12.11.24]

・家人が仕事したいというので、ピアノ教室>弁当買っての育成牧場。

・「テルマエ・ロマエ」★★。わざわざ見るほどの面白さが特になし。CMシーンだけで十分なのでは。

[12.11.25]

・朝4時半起床。Runを試みるも、寒すぎるのと、身体が動かないので、7kmで断念。戻ってふて寝。

・聴覚障害者教育フォーラム。福岡大学の中川教授の話が羨ましくてならない。宮崎の難聴児教育は、医療がネックになっていて、教育や福祉との連携がほとんどできていない。宮崎大学東野教授、牛迫言語聴覚士。この二人のキーマンが目覚めてくれないことにはなあ。

・仕事したい家人のために子供ら連れて車の洗車など。

・前日の「お願い!ランキング/宅配ピザ対決」を見て、圧勝の「ピザーラ」。んー。

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みんな頑張ってる

2011-11-08 (火)

主夫生活 友人知人 家族家事家 聴覚・難聴

朝、娘1号を学校に送り届けてから帰宅。洗濯物を干して、掃除機をかける(この季節、ダニが増える時期なのでできるだけコマメに)。そうこうしていると某生保に転職した友人Sが営業 兼 雑談にやってきた。

 

Sは、10歳くらい年下なのだが、転職1年で踏ん張りどころの真っ最中。契約者を一定数まで確保すると、あとは紹介が紹介を生んでうまく回っていくらしいのだが、まだその2割程度という段階。だから土日もなく頑張っている段階。途中からぼくの保険契約の話はさておいて(つか、契約するって一言も言ってないし w)、家族との時間の捻出方法などについてお悩み相談会となった。

 

彼なりに「家族の行事を優先的にスケジュールに組み込むように」努力しているとのこと。でも、それじゃあイベント感が拭えないよね。家族と「遊ぶ」ことだけがスケジュールに入ってくる。それより「毎朝、家族全員でご飯を食べる」とかの方が大事かもしんない。たまにたっぷり話すより、毎日少しずつ話した方がいい。たぶんね。…てな話をする。

 

 

娘1号は、ピアノと打楽器と水泳を習っている。打楽器と水泳は、物理的に自宅練習ができない分、ピアノだけは毎日練習している。もちろんサボっちゃう日もなくはないけど、本人に頑張る気があるから、ちゃんと続けられている。偉い偉い。

 

対する息子はというと、サッカーと水泳に通っているのだけれど、ただ週に1度の練習会に参加するだけ。サッカーなんてボールさえあればどこでも練習できるのに、家ではボールに触りもしない。そんなことだから、サッカー大好き〜とか言いながら、いまだにリフティングが5回もできないんだよ。もー。

 

まあそれでもぼくは「身体動かして楽しいんだったらいいんじゃね?」と思っているのではあるけれど、娘1号が毎日頑張っているのと比べると、どうにも努力感が足りないのは否めない。たらたら漫画ばっかり読んでんじゃねー的な気持ちもないではない。だからと言って、好きじゃないことはどうせ続かないしな〜。…という話を直接本人にしたところ、しばらく考えた後「料理を覚えたいんだよね」と言い出した。おお。父の背中から何かを感じたか w

 

そもそも3歳のときにマイ包丁を買ってもらってるから、ごはん+味噌汁+キュウリの塩揉みぐらいなら今でも作れる男ではある。なので、さっそく昨日から「毎日1品」を目標に、夕食づくりへの挑戦が始まった。まあ、担当は「副菜」なので「切って炒めるだけ」「ゆでてあえるだけ」的なものばかりだけれど、ぼくもそこから始めたからね。続ける事が大事だ。

 

 

今日は職場から問い合わせ、相談、報告などが多数あった。うちのチームは、今週末から来週にかけて、イベントだったり、ミッションだったりが重なっているのだ。スラッフは連日遅くまで残業している様子。苦労をかけるなあと思いつつ、でも指摘することは指摘しないとなとも思いつつ…。

 

結局、仕事なんてものは、担当者の情熱と能力によって、出せる結果は全然違うものになる。それは法に則って仕事をしている公務員だって同じ事だ。情熱と能力のある担当者は、時に法律を越えることができる(違法行為という意味でなく)。ましてやうちのチームのように、依るべき法律が何もない部署は、担当者が粘れば粘っただけ、物事が前進する。1mmの粘りが1mmの前進を生むのだ。絶対的な正解はない仕事だけれど、担当が世界中の誰よりもそのものごとについて突き詰めて辿り着いた「答え」はたぶん正しい。

 

 

ああ、みんな頑張ってるよなあと1日を振り返りつつ、夕食の準備を終えてからぼくも手話講座へ。4月から始めた手話講座も、最近はどんどん高度化していて付いて行くのが精一杯になってきた。微妙な部分での表現の大きな違いに頭が混乱する。時間は身体の前後で区分する(自分より前の方が未来、後ろが過去)のだけれど、期間を説明するときは身体の右左を使う…とか。顔の横で手をひらひらさせると「なかなか」、もう少し上下に幅を持たせてひらひらすると「火(めらめら)」…とか。うーん、自分が表現するのも、手話を読み取るのも難しいなあ…。

 

いやまて。そもそも息子には「週に1度の練習会だけじゃあねえ〜」とか言ってるくせに、自分はまさに講座でしか勉強してないじゃないか。そりゃ前の週に習った事もどんどん忘れているよね。だから微妙な差に混乱するよね。

 

みんな頑張っている。自分も頑張れ。

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わが指のオーケストラ/山本おさむ

2011-08-15 (月)

聴覚・難聴 読書

本書は、実話をもとに「聾唖教育」の歴史をダイナミックに描いた漫画である。「ヤングチャンピョン」に連載されていたという。青年漫画誌なんて、恋かエロかギャグ、あるいはグルメしかないと思っていた w。秋田書店って硬派なのね。

 

恥ずかしながら本書は、すでに単行本発行から10年を経過。この本に限らず、自分の娘に高度難聴という障害があって初めて知ることになった「聾」の世界であるが、その歴史は長い間、暗く重いものだった。

 

聾者は、健常者との間で差別され、虐げられてきた。また、教育論もなかなか確立せず、昭和初期は健常者に合わせる教育法、すなわち、言語でコミュニケーションすることを前提として「読唇」「発話」を厳しく追求する「口話法」が全国に普及する。しかし、障害の程度によっては、必ずしも「口話」のみでは十分でなく、徐々に聾者に合わせる教育法、「手真似」すなわち「手話」も見直され、少しずつ聾者と伴に生きていく世界が広がりつつある…。

 

「手話」の勉強を始めると、必ずこういった「歴史」の部分も学ぶことになる。なぜなら、その厳しい時代への共通認識があってこそ、聾者との深いコミュニケーションが可能になっていくのだ。本書は、質の高い人間ドラマとしての側面もありつつ、聾者と健常者を繋ぐ歴史本、啓発書としても優れている。単行本4巻という手軽なボリュームのなかに、悩み深き歴史が凝縮されている。

 

もう、日本中の人に読んで欲しいくらい名著。ホントは買って欲しいけれど(文庫本も出ている)、ご要望があれば貸し出すので、Twitterかfacebookでご連絡を。

 

 

 

[08.15 mon]

・お盆シフトで職場はガラガラ。電話も少ない。集中して書類の整理とか企画書の仕上げとか。

・「わが指のオーケストラ/山本おさむ(秋田書店)」★★★★★。

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大人になったら…

2011-06-14 (火)

Mac、iPhone 家族家事家 聴覚・難聴

今朝、車のなかで突然、娘1号が「大人になったら、耳が聞こえるようになりたい」と言った。
小学2年生。なんか、いろいろあるんだろうな。家族で話をしていても自分だけ会話に付いていけなくて「今、何て言った?」って聞き直さなくちゃいけない。大好きなおじいちゃんおばあちゃんからの電話はよくわからない。テレビやラジオから流れてくる音楽は雑音のよう。もちろん、学校でもぼくらの知らない切ないことが起きているのだろう。私もみんなのように聞こえるようになりたい、よな。
ごめん。それは無理なのだ。
医学的には人工内耳という手段が存在するけれど、それは今ある聴力を人工に切り替えるということ。人工内耳はまだまだ発展途上の技術で、相当の訓練をした上での代替手段である。ほとんど聴力のない聾者にとっては大切な技術であるけれども、少なくとも低音が一定程度聞こえるお前は、今の聴力を活かしつつ読唇力も含めた「聞き取る能力」をあげていった方がベター、というのが専門の先生たちの一致した意見。
「音」で感じ取れることは限られるかもしれない。でも手話で話せばいいじゃない。手話は楽しい。お互いに真剣に相手の「気持ち」をくみ取ろうとするから、つたない手話でも結構伝わるもの。大切なことは、コミュニケーションすること。医学以外の代替技術はいっぱいある。Macもそう言ってる。(*手話がわかるとよりジンとくる内容)
 
【2011.06.13 mon】
・主旨確認1。知事答弁協議1。あとは延々と企画書づくり。
【2011.06.14 tue】
・課内での答弁調整。委員会のりと作成。6/21出席者名簿整理。
・手話。これまでのまとめ。いろいろ忘れてる。

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いろいろと思うことある週末

2011-06-12 (日)

家族家事家 聴覚・難聴 読書

小泉今日子の「小雨日記」を読み終わってしまった。
彼女の愛猫「小雨」の日常を、猫目線で綴ったエッセイで、まあ、たわいもない話が綴られている。だけれども、そのたわいもなさに、キョンキョンの息遣いがしっかりあふれていて、日々の生活を覗き見しているようなワクワク感があった。
読み終わってとても残念。
難聴のピアニスト、調樹里杏さんとお話しする機会があった。調さんは、娘1号と障害の程度が同じ。その調さんが、大手電機メーカーで働き、今現在、二人目のお子さんを身ごもっているお母さん、ということに、大いに勇気づけられた。
娘1号には、日々の短期的な目標だけでなく、こんな仕事をしたい、こんな風に生きたいという長期的な目標を持たせてあげることがとても大事だと思ったなあ。
息子が生まれたとき、この子が10歳になったら「大人」として認めよう、と思っていた。
自分の自我が目覚めたのが、その頃だったのだ。親の存在を鬱陶しく思い始め、少しずつ自分なりの生き方を模索し始めていたように思う。だから、自分の息子には、10歳で自立させようと思っていた。
その息子が、先月10歳になった。でも思っていたより全然「子ども」。自立なんて全然無理。小学校4年生なんて、ガキもガキ…。
そんな風にずるずる思っていた。だけれども今日。10歳というのは一つの区切りなのかもしれない、と思うに至った。結局、親の保護という名目のもとに、ぼくは親として傲慢に過ぎていた気がする。今日からヤツは「大人」だ。
【2011.06.10 fri】
・RトラベルのK氏来訪。S野くんがライフアドバイスをしに。
・AMET会議。盛り上げよう…と思う気持ちが強過ぎたか。8割ぐらい喋って疲れた。
・職場の歓迎会(今ごろw)。「万作」「hana」。
【2011.06.11 sat】
・家人と花が短大音楽>ピアノ教室。
・ぼくとケータツは床屋。
・喜多川泰氏講演会。調樹里杏さんのピアノ演奏。
・「小雨日記/小泉今日子」★★★★。

【2011.06.12 sun】

・ホットケーキの朝食は幸せ。
・家人と花が美容院へ。ケータツとリンコと留守番。アングリーバード。
・もうケータツを怒らないことに決めた。
・「母べえ」★★★★。案外凄い映画だ。
・TSUTAYAとかパン屋とか。
・「ワンピース」41-44。

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手話の魅力

2011-06-08 (水)

聴覚・難聴

手話初期コースに通い始めて8週目。欠席したのは、出張でどうにもならなかった2回だけである。我ながら真面目なものだ。そして少しずつ内容が高度になってきたところで、手話の「面白さ」にも気付いてきた。

手話というのは「言語」である。文法もあるし、活用もある。方言だってある。しかし、文字言語、音声言語と大きく異なっている点があって、何より「コミュニケーションの手段」に特化している点だ。それは「伝わりさえすればよい」という「潔さ」に繋がる。
たとえば。今日の授業は「住所」の表現で、宮崎県内の具体的な地名の表現方法を練習した。その事例のひとつに「宮崎県・西臼杵郡・高千穂町」の表し方が出てきた。ここで、聾者の先生がハタと困ってしまった。「西臼杵郡」の表現が出てこないのだ。いや先生によれば「ない」のだという。んなばかな!
先生曰く、「県」や「市町村」という単語は、日常会話で頻出するので「手話」が存在するが、「郡」は、特段の必要がないから存在しない、というのだ(本当かどうか分からずじまい)。結局、「西」+「臼」+「郡」という単語の組み合わせで十分わかるから、今日はこれで覚えるように、ということになった(笑)。ああ。なんて自由なんだ。
もっと面白かったのは「椎葉村」。人さし指と親指で輪をつくって頭に当てると、それが手話の「椎葉村」。理由がふるっている。ーかつて椎葉村出身の椎葉さん(聾者)に、十円ハゲがあったから。ヒドイ(笑)。「おう、ハゲ!」と手話で呼んでいたのが地名になってしまったという凄いエピソードだ。
そう考えると、文字言語ってとても窮屈だ。文章だけで細やかなニュアンスを表現するには特殊な技術が必要になる。たとえば「宮崎県の魅力」って「おいしい食」「自然・太陽」「神話・パワースポット」というあたりにほとんど集約されるのだが、だからといって、県のキャッチコピーとして表現するのは容易ではない。→って、コピーライター的才能のない自分は、仕事がはかどらないのを言語そのものの「せい」にしたくなる。
さてさて。手話言語には、こんな風にまるで「謎解き」しながら覚えていくような快感がある。ガンガン覚えていこう。
【2011.06.06 mon】
・ゆるキャラ研究一筋、な一日。
・読み残しのワンピース36-40,君に届け7-9。
【2011.06.07 tue】
・会議資料を黙々と作成。ちょっと膨大になってきたな。整理しなくちゃ。
・手話教室。竹下先生。

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表情、という表現

2011-05-24 (火)

家族家事家 聴覚・難聴

手話講座第6回目に出席。今日は数について。
まずは数字の表し方を学ぶ。
1,2,3,4,5,6,7,8,9.
10,20,30,40,50,60,70,80,90。
100,200,300,400,500,600,700,800,900。
1000,2000,3000,4000,5000,6000,7000,8000,9000。
10000,20000,30000,40000,50000,60000,70000,80000,90000。
100000000。
1000000000000。
それから、単位の表し方。
年、月、日(日は月とセットで表現)。
明治、大正、昭和、平成。
円。
年齢。
たったこれだけを学ぶのにたっぷり1時間かかった。それでも脳味噌は容量オーバー気味。ろう者が普通のペースで話す自己紹介文「私は○年○月○日生まれの○才です。」がパッと読み取れない。ふぅ。がんばんなきゃね。
ところで今回の後半1時間では「ろうとは何か」についての講演があった。手話通訳者、ろう者がそれぞれ自分の考え方などを語ってくれた。単に「手話」という「手段」を学ぶだけでなく、その「目的」についても時々立ち返ることは大事だな。「文字」のように「読む」「書く」という一方通行でも成立する言語と違い、「手話」は使ってナンボなのだ。難聴者とのコミュニケーションツールとして使わなくては学ぶ意味がない。
そういえば、先週末、県外から来ていたろう者に、たまたま道を聞かれたことがあった。ぼくはまだ手話を使っての会話はできない(せいぜいあいさつぐらいだ)。それでも、ろう者に対する「抵抗感のなさ」もあって、手に持った地図を媒介として身振り手振りで、以下のコミュニケーションを取ることができた。
「すいません。道に迷ってしまいました。」
「どこに行きたいの?」
「(手にもった球技大会の資料を指差して)市立体育館。」
「この変にはふたつ体育館があったな(県立と市立)。どっちがどっちだっけ?」
「ここに地図がある。」
「ああそうかそうか。南側にあるのが市立体育館だ。」
「ではあっちに行けばいいのか。」
「そうそう。あなたは何の競技にでるの?」
「バレーボール。」
「競技前なのに汗だくだよ。」
「宮崎は暑いよ。それに迷ってウロウロしたらからいっぱい汗かいた。」
「開会式には間に合いそう?」
「あと1時間ぐらいある。」
「じゃあ大丈夫だね。」
「教えてくれてありがとう。」
「どういたしまして。頑張ってね。」
手話ビギナーのぼくとろう者で、これだけのコミュニケーションができたのは、身振り手振りに加えて、二人の間に「表情」があったからだと思う。手話で大事なのは「表情」だと言われる。文字や音声であれば、細やかな言葉の組み合わせで表現する部分を、手話では「表情」で補うのだ。たとえば「できる」という手話ひとつから、表情によって「できた!」「できる?」「大丈夫!」といった表現に広げていくことが可能なのだ。
なんてなことを思い出しつつ、ふと「顔文字」のことに思いが至った。若い世代は、メールに多様な顔文字を使っている。これは文章力がなくて、言葉だけで細かいニュアンスを伝えられないからだ、と言われたりもする。しかし「表情によって伝えられる情報量の豊富さ」を考えると、「より正確なコミュニケーション」を行う上で、顔文字というのは大事なツールなのかもしれないなあと思った。
うむ。試しに顔文字もじゃんじゃん使ってみるか d( ̄  ̄)  ←微妙にニュアンスが違う気がする…
[memo]
・しんぼるプロジェクトの検討案、AP訪問案件の情報提供、旬ナビ企画コンペ打合せ、日経新聞営業、営業チーム検討会(第1回打合せ)、包括協定打合せ。
・手話講座。
・「GANTZ」26-29。

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今井絵里子

2011-04-20 (水)

聴覚・難聴

今井絵里子といえば、一般的にはSPEEDのメインボーカルである。が、今は、聴覚障害児の母としての顔も有名になってきている。
ぼくは週に数回NHK「みんなの手話」を見ているが、彼女の生徒役は実にわかりやすく、本当は相当高いレベルの手話力であるにも関わらず、「共に学んでいる」という気持ちになる。勇気をもらえる。
初めての著書「ココロノウタ」では、わが子が難聴と知ったときの衝撃や苦しみ、そして乗り越えた気持ちが実直さに綴られてた。そして新作「おやこ劇場」では、成長した息子との日常をエッセイと漫画で描いている。
そうした彼女の行動は、ときに「わが子を商売道具に」といった批判を浴びたり、あるいは過剰なまでの美談として捉えられる。でも、本来の目的はそんな売名や一時的なPRなんかじゃない。
彼女は、わが子との日日をオープンにすることで、この世を啓蒙しようとしているのだ。難聴とはコミュニケーションの障害であり、大多数を占める健常者の社会では、なにかと孤独を感じやすいもの。彼女は息子の未来のために、長い年月をかけて世の中の価値観を変えようとしているのだ。たぶん。
そしてそれは、世界中の難聴児をもつ親の共通の思い・願いでもある。幸いにして、少しずつ徐々にそういう社会に近づきつつある。そういった先人達のあとを引き継ぎ、難聴者の未来を担っていくは、今井であり、ぼくであり、あなたなのだ。
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[memo]

・ブランド戦略資料、知事レク日程、営業Tの広報課との絡み、宮宮コンビの整理、部事業説明会、営業T事例資料に四苦八苦、農大校企画。
・長崎物産展へチーム全員で視察。岩崎の角煮マン、セサミバーガー、たらみのゼリー、くるくるロール(3種)購入。大出費。

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ハナの大ウソ

2010-12-14 (火)

家族家事家 聴覚・難聴

[memo]

・東京2日目。
・東京、レストランM。銀座、レストランS。六本木、H社。まさかマネージャーまで。
・合間に神田「アスリートクラブ」でシューズをピックアップ。
・帰宅してみると、ハナが外に出て泣いていた。あれ、折檻?どうやら、風邪薬をこそこそとゴミ箱に捨てていて(これが苦いらしい)、大量に発見されて家人が逆上したらしい。…にしても、初めての「大ウソ」の発覚。これは見逃せない。しばらく家人の怒り方を見ていたが、わかってもいない相手に理屈で説教しているので、途中から「キレたお父さん」登場。いきなり車で連れ出し、夜中の山奥に放置…するマネ(気をつけないとDVと思われて警察に通報されかれないのでとても冷静に行動)。ようやく自分から「ごめんさい」という言葉が出たところで、何が悪かったかをじっくり説得。「ウソ」という概念が彼女の中で定着していないのかも。難しいな。

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海森堂rss

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