26年前の自分

2013-11-06 (水)

映画TVラジオ 音楽

映画「ビートチャイルド」を見てきた。

 

1987年8月22日。かれこれ26年前、若干20歳で大学3年生のぼくは、熊本県阿蘇の野外劇場「アスペクタ」で行われたロックフェス(←そういう言葉すらなかった時代だ)の会場にいた。高校の先輩から「県庁の同期で行く予定でチケット4枚取ったんだけど一人が行けなくなった。くる?」と誘われたのだ。その後、自分も宮崎県庁に入るなんてことはもちろん夢にも思っていなかった頃だ。

 

この映画は、そのフェスの模様を記録した音楽映画、である。このフェスは、その豪華な出演アーティストと裏腹に、一晩中降り続いた土砂降りの雨や雷、傾斜地を流れてくる泥水、真夏なのにどんどんと奪われていく体力など、登場するアーティスト達がその都度「みんな生きてる?」と声をかけたくなるほど、壮絶なライブとなった。映画の惹句にもあるように、本当に「日本音楽史上、最低のロックフェス」であった。

 

とはいえ、泥水の記憶しかないなあ…と思いながら見た映画は、いろんな記憶を呼び戻してくれた。「ブルーハーツは何度も激しくジャンプしてた」とか「岡村靖幸は服を脱ぎながら歌ってた」とか「渡辺美里は裸足だった」とか「ハウンドドックのスタート時に雨があがりかけて、大友康平が『雨を吹き飛ばしてやったぜ』的なことを言った直後に、前よりもっと降り出した」とか、どうでもいいことを覚えていた。CDを繰り返し聴いたBOWWYや尾崎豊よりも、レッドウォリアーズやストリートスライダースのことを覚えていた。きっとそれが20歳の自分にとって、強烈なイメージとして残ったのだろう。

 

そうなのだ。この映画が伝えてくるのは「このとき自分は20歳だった!」ということだ。26年の時を経て、何を得て、何を失ったか。あの時のぼくは、「フォルテシモ」で拳を振り上げていた。あの時のぼくは「マイレボリューション」で、♪ふーうー、ふーうー、ふーうーううううう〜と歌っていた。それが20歳のぼくだった。

 

26年後の自分は、このフェスに出演したアーティストの楽曲をほとんど聴く機会がない。新譜を待っているアーティストもいない(あ。佐野元春の新譜は買ったな)。尾崎豊は死んだ。ブルーハーツもBOWWYもハウンドドックも解散した。

 

だからどう、ということでもないのだが、若いアーティストの映像と併せて、「ああ、26年経ったのだなあ」と強烈に思った夜だった。どうでもいいけど、こんなフェス、今やったら、訴訟の嵐だよ! MCが「みんな、がまんしましょう!」って!
 

 

 

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