繋がることを休んでみる

2011-08-29 (月)

WEB 余談

今日の夕方からジャーナリスト・佐々木俊尚さんのTwitterが面白い。普段はスルーするようなネガティブリプライにあえて反論を書かれていて、佐々木さんのちょっとした決意というか覚悟を垣間見た気がする。結局のところ、佐々木さんが一番言いたいのはこれなんだろうな。

 

ここに来て、以前私が言っていた「マスコミvsネット」論は撤回し、今後は「当事者性vsないものねだり論者」の新しい対立軸の論考へと移行することを宣言したいと思っています。

 

「当事者性」の対語が、「ないものねだり論者」なのは意見がわかれる点かもしれないけれど、要は「当事者性がひどく欠如していて、揚げ足取りだったり、極端な原理原則論や理想論を掲げたりする人」のことだ。この「ないものねだり論者」は、一部(大多数?)のバラエティ化が進むマスコミだったり、ネットで他人に対して平気で「クソ」とか「死ね」とか書けるメンタリティを持った人たちが中核をなしている(んだと思う)。

 

この「ないものねだり論者」が困るのは、ちっとも議論にならないことだ。相手の話を聞かない。理解しようとしない。自分の考えだけが正しいと思っているので、建設的な意見交換に至らない。「モンスターペアレンツ」や「クレーマー」と根は同質だ。佐々木さんは「モンスターマスコミ」「モンスターピープル」とも名付けている。この当事者意識のない「ないものねだり論者」は何かと「声が大きい」という印象があるけれど、そんな人々にかまけていては何の問題解決にもならない。だから、今後の政策決定のプロセスは、この「ないものねだり論者」をスルーする方向で、という指摘はとても重要だなあ。衆愚やファッショに陥らないというのが前提だけれども。いや、実はそれが最も困難な道だけれども。

 

…なんてなことをぼんやりとした頭で考えつつ、いよいよ育休に入るのを契機に、「あちらこちらと繋がる」ことを休んでみようかとも思ったりした。当事者性って、「あちらこちらと繋が」りつつ、いろんな意見を広く深く咀嚼できる能力やら努力やらが必要だけれども、なにせこちとら育休メンであるからして、そもそも自分の中の、仕事とか社会とかの優先順位を大きくダウンさせようと思っているのだ。たった4ヶ月ぐらい社会と断絶したっていいじゃないか。ねえ?(…って誰に言っているのだろう)。

 

[08.29 mon]

・朝一便で大阪へ。OJとの打合せ。weeeek案件、交流会案件、下期スケジュール、来年度予算など。大阪はやらなくちゃいけないこと多いなあ。経済連大阪事務所へ挨拶。

・ランチ「インディアンカレー」。夕食「和楽路屋」でたこ焼き。「神戸屋」のパン各種。

コメントを残す

海森堂rss

過去ログ一覧

最近の投稿の画像